戦闘(2)
次の瞬間には、ヘーゼンは飛翔していた。
対応が早い。
恐らくズォルグの能力を危険視し、上空へと避難したのだ。
空蝉ノ理。
隠密型の魔杖であり、自身と触れている対象の姿と気配を消して行動することができる。恐らく、見えない範囲で攻撃される対応を嫌ったからだろう。
ヘーゼンは、左手に持った円形の魔杖を投げる。
「火竜咆哮」
それは、まるで竜が放ったブレスのようだった。レイラクたちの背を撫でるように飛翔した瞬間、大炎が巻き起こる。その火柱は、数メートル以上で熱気で近づくことさえも許されない。
「あ、当たらなければどうと言うことはない!」
周囲の炎を見てザハラが叫ぶが、レイラクは円輪の軌道を確認して、その認識が誤りであると気づく。
味方が2つに分断されている。
すなわち、こちらの行動範囲が限定された。
「くっ……みんなーー」
レイラクは叫び伝えようとするが、
間に合わない。
ヘーゼンは左手を前にし、
まるで、なにかを射るかのように構える。
「光白燕雨」
唱えた瞬間、一斉に光の矢が弾け飛ぶ。
数百以上のそれは、すべて不規則で、高速に飛翔する。しかし、レイラクは、砂塵ノ盾で受け止める。
近くにいたザハラとヴォイギは、同じく砂塵ノ盾の自動防御が発動し、ことなきを得た。
飛翔したまま上空で留まるヘーゼンは、息をきらしたまま笑う。
「はぁ……はぁ……防ぎきるとは素晴らしいな。だが、彼らはダメのようだね」
「……っ」
ズォルグとニーグナがやられた。数本の矢が身体に突き刺さり、うずくまっている。
当然、ズォルグは空蝉ノ理を使用していた。ヘーゼンからは視認できない状態だった。
だが、それを把握した上で、ヘーゼンは光白燕雨を広範囲で放った。
数百の矢のほとんどは、対象を狙うのではなく、ズォルグとニーグナがいる範囲に、マーキングするような形で放たれた。
そのうちの数本が運良く的中した形だ。
レイラクたちに放った極小数の矢は、行動させないための、言わば見せ矢だった。
火竜咆哮で範囲を限定し、光白燕雨の圧倒的な数の矢で撃ち抜く。
この組み合わせは、かなり厄介だ。
やがて、ヘーゼンは地上へと着地する。ズォルグの足を封じたので、警戒のレベルを緩めたのだろう。読み通り、こちらの攻撃手段はあまり残されてはいない。
砂刃ノ槍。
一撃必殺の奥の手だ。もはや、これしか選択肢がない。レイラクはもう片方の魔杖を握るが、単体では氷雹障壁を打ち破ることができない。
理想は、ズォルグの空蝉ノ理を発動させ、ザハラの洸漠ノ槍で氷雹障壁を打ち破る。留めに砂刃ノ槍でヘーゼンを貫くことだった。
だが、早々にズォルグがやられた。
どうする……どうする……どうすーー
「戦闘での躊躇は命取りだ」
「……っ」
言われた瞬間、気づいた。ヘーゼンの手には見知らぬ魔杖が手中に収まっていた。
情報にはない魔杖だ。
「はっ……くっ……」
次の瞬間。
レイラクたちは思わず慄く。
あり得ない。数百……いや、数千本の剣がヘーゼンの背後に浮いていた。光白燕雨の矢の数など比較できないほど、大量の剣だ。
それは姿を消し、瞬く間にレイラクたちを取り囲んだ。四方八方に舞う数千本の剣は目まぐるしく弧を描くように飛翔して、レイラクたちを威嚇する。
「……嘘だ」
こんな魔法はあり得ない。
一級……いや、特級宝珠ほどの魔杖でないと、これほど大量の剣など動かせない。現時点で、ヘーゼン=ハイムが大業物の魔杖を持っていると言う情報はない。
グルグルグルグル。大量の剣は、レイラクたちを翻弄するように周囲を回る。
「……」
なぜ、襲い切ってこない? 砂塵ノ盾で防がれるから? 違う、逆だ。砂塵ノ盾が反応しないような距離を敢えて飛翔している……何のために?
砂塵ノ盾が反応しないことがバレるからだ。
とすれば、幻惑型の魔杖だ。
「みんな、騙されるな! 嘘だ!」
レイラクがそう叫んだ時。
「へー。便利な魔杖ですね」
「……っ」
背後にいたのは。
ヘーゼン=ハイムだった。
瞬間、左手の魔杖が水平に動き。
レイラク自身の首が飛んだ。
薄れゆく視覚の中で。
視界にヘーゼンが持つ見慣れた魔杖が見えた。
「空蝉ノ……理……」




