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身をもった指針



 ヤンは唖然としていた。


 いや、むしろ、ガビーンとし続けていた。


 突如とした暴挙……いやむしろ暴力。しかも、なんの脈絡もなく。完全にどうかしている、いやむしろ、完全にどうかし過ぎている。


 数百を超える、間髪無き打撃の弾幕を、瞬時にして叩き込まれたケッノの身体は、『治すのか痛めつけるのかハッキリしてよ!』と言わんばかりに、ビクン、ビクンと意味のわからない反応を繰り返す。


 一方で、目の前にいる黒髪の青年は、手をパンパンとしながらベッタリついた血液を振り払う。まるで、洗い物を終えた婦人のような、軽やかな仕草だった。


 これ以上ないくらいサイコパス。


「し、信じられない」

「一層危機感を持って欲しいという意志を示したまでだ」

「示し方がサイコパス過ぎる!?」


 もちろん、ヤンはドン引きしているが、文官たちはそれ以上にドン引きしている。当たり前だ。いや、むしろ、当たり前過ぎる。


「ケッ、ケッノさんが何をしたって言うんですか!?」

「何もしてないからだよ」

「……っ」

「いいかい? 行動なくして結果はない」


 ヘーゼンはヤンだけでなく全員に言う。


「僕は常に結果を重視する。だが、プラスであれマイナスであれ非難するつもりはない。むしろ、『何もせずに結果を出さない』という卑怯で怠惰な者はこうなる」


 爽やかな笑顔で、顔面がグチャグチャのケッノを指さす。


「こ、怖くて萎縮しちゃいますよみんな」


 黒髪少女は、小さな声で囁く。


「そのためにヤン、君がいるんだ」

「わ、私だって萎縮しちゃいますよ」

「ははっ」

「じょ、冗談じゃなさ過ぎる」


 ヤンが再びガビーンとするが、同時に納得もしてしまうのが苦しいところだ。実際のところ、懲罰は苦手だ。当然、やらなければならない場面はするが、極力控えようと言う心根を、悪魔に見透かされたのだろう。


 そして、懲罰の指針は単純な方がいい。ヘーゼンは『何もしない』ということに特化した。行動の結果に対して成功もあれば失敗もある。


 それは『仕方がない』と割り切るという。


 だが、失敗を恐れて行動しないこと、逃げることを選択することは許さない。ケッノは見せしめだが、大臣級であれば即辞職させるし、元帝国将官であれば即奴隷牧場行きだろう。


 超短期戦というのはそういうものだということを、(ケッノの)身をもって示したのだ。


 また、意志系統を統一すると言う狙いもあるだろう。目下、ヘーゼンの直属はヤンだ。下手に他の部下から直訴されて情報が共有できていない状況を作るのが嫌なのだろう。


 ケッノの行動などがその典型だ。自分が上の時は、序列を重視して声をかけられることすら厭う癖に、自分が下の時は、より上に取り入って気に入られようとする。そんな彼の行動は、組織にとって害悪でしかない。


 ついでに、(ケッノの)身をもって示したのだ。


「ヤン。重要なのは、緊張と緩和だ」

「……」


 ジオウルフ城に常駐できない状況では、ヘーゼンが厳しめ(?)の鞭を持ち、常時上官となるヤンが飴を差し出すと言う関係性が部下にとっても気持ちよく働けるだろう。


 そして、手段は選んでられない懐事情もあるだろう。ヤンにそれをやらせる余裕も、優しく諭す時間もない。ヘーゼンは、それくらい、切羽詰まっているのだ。


「くっ……」


 わかっている。


 悔しいけど、わかってしまう。だからと言って、文句を言わずにおれないのも、ヤンの性分なのだろう。


 そもそも。


「じょ、上官なんて平気ですっ飛ばしてきたすーがよく言いますね」

「その時は、無能だったから仕方がない。ケースバイケースだ。ヤンも知ってるだろう?」

「ぐぐっ……」


 上官が無能だった時は、上官の上官を味方につける。定石だ。上官を徹底的に無視して、上官の上官と仕事をする。確か、北方ガルナ地区に配属された時のヘーゼンはそうだったか。


「ああ、無能と言えば、モスピッツァ、元気かな」

「懐かしがり方が異常すぎる!?」


 ヤンは三度のガビーンを繰り出す。


 そして、元気な訳がない。ヘーゼンが奴隷に落とした元上官は、結果として、バライロという壊れ異常者の玩具となったはずだ。


「まあ、便りのないのは元気な証拠というしな。その後、きっといい主人が見つかって、更生して、自らの罪を見つめ直す日々を送っているだろう」

「わ、私はこれ以上、自分に都合のいい解釈を知りませんけど」

「まあ、会話の繋ぎだからな。適当だ」

「シンプルに可哀想!?」


 いやむしろ、想像なのにも関わらず傷つける全方位狂気魔法使いに誰もがドン引きする。


「では、頑張ってくれ」


 そう言い残して。


 ヘーゼンは足早に去って行った。


 


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