戦
それから、数日が経過した。ギザールが自室のベッドでくつろいでいると、近衛団長のランドブルが入ってきた。
「裏が取れました。四伯のミ・シルは確かに西方遠征後に、こちらに向かっているそうです。また、クミン族と帝国間で商隊が頻繁に行き来した報告が入りました。まず、間違いなく、停戦協定を結んでいると思って間違いなさそうです」
「決まりだな。すぐ、緊急会議を開く。幹部を集めてくれ!」
ギザールはベッドから飛び上がりハキハキした声で指示をする。今までグダついていたのが嘘かのようだ。この男にとって、戦場以外は退屈なものでしかない。戦いこそが、唯一血が沸騰するほど沸き立つことである。
30分後、執務室に幹部5人が集まった。ディオルド公国では、将軍の下に各々の軍団長がいる。騎馬隊を率いるニデル騎団長、強鎧隊を率いるゾナン鎧団長、弓隊を率いるコハナワン弓団長、歩兵隊を率いるノユダタ歩団長。
そして、軍務全般を指示・調整するのは近衛団長のランドブルである。
「よく集まってくれた。戦だ」
「……はっ?」
ゾナン鎧団長が尋ねる。
「帝国の要塞をだよ。すぐに、準備にかかれ」
「そ、その前に教えてください! なんでまた、そのようなお話になるのか!」
責めるような口調で追及するが、ギザールはあっけらかんとしている。代わりにランドブル近衛長が、慌てて状況の説明をする。
「申し訳ない、説明が足りてませんでした」
「いや、ランドブル近衛団長が謝ることではないのですが」
「そうだぞ! お前は悪くない」
「ギ、ギザール将軍! あなたがキチンと説明しないからでしょう!?」
「そうだったか? わっはっはっ!」
ギザールが豪快に笑い飛ばし、ゾナン鎧団長は大きくため息をつく。ランドブル近衛団長とニデル騎馬団長以外の3人は、この将軍のことをよく知っているわけではない。しかし、とにかく指示が大雑把でゴリ押しなことは、この1ヶ月間の付き合いでわかった。
「ランプドル。すぐ、本国に打診して5万の軍勢、ベズライル大将軍、ガナドラル将軍を呼べ」
「そこまでの大戦力を……簡単に言いますね?」
「簡単には言っていない。お前だから、言っているのだ」
「はぁ……了解しました」
ベズライル大将軍はディオルド公国最強と謳われる男である。格としてはミ・シルの方が上だが、防衛戦ならば対抗できるはずだ。彼らが来る前に帝国の砦を堕とし、そこで防衛線を張って守る。
帝国の本軍が来るまで1ヶ月。ディオルド公国の首都からここまで10日余り。出遅れはしたが、地の利から追いつくことが可能だ。そうすれば、ミ・シルも要塞の奪還をあきらめることになるだろう。
ギザールは生粋の軍人だ。帝国の奴らが、ミ・シルを当てにしているのならば、それ以上の力で対抗すればいいと考える。
「クミン族の対処はどうしますか?」
ゾナン鎧団長が尋ねる。彼は、主に周囲の伏兵に対する備えに当たる。なので、常に敵対している彼らの存在がどうにも気になるらしい。
しかし、ギザールはこどもなげに答える。
「3千ほど張らせておけばいい」
「それで、事足りますか?」
「足りる」
ギザールは断言した。停戦協定は、同盟ではない。強調して挟み撃ちするような関係性でもないだろう。それに、所詮は小部族。あらかじめ準備でもしていない限りは万を超える大軍などは起こせないだろう。
「10日で軍を興し、全軍をもって帝国の要塞を取る。さあ、血が騒いできた」
「うおおおおおおっ! 目にもの、見せてやりましょう」
ギザールの言葉に、高揚するのはニデル騎団長。こちらは、ギザール以上に血の気の多い軍人だ。もとも、騎兵特化の隊なので、実質的には彼が戦闘開始の時の旗印となる。
ランドブル近衛団長は、そんな中でも冷静沈着である。沸き立つ熱気の中で、一人考えて冷静に分析を行う。
「しかし、そのヘーゼンって少尉の策が皮肉にも裏目に出ましたね」
「面白い手だったがな。停戦協定が成り、奇襲でもされれば落ちていたかもしれん。まあ、俺がいなければだがな」
「どのような男でしょうか?」
「さあ。しかし、捕縛してみるのも面白そうだ」
「それでは、モスピッツァという男の約束は?」
「味方を裏切るような下賤な男との約束など、最初から守るつもりはない」
ギザールは敵国なので利用させてもらうが、味方にそんな者がいれば、反吐が出るような怒りを覚えるだろう。
「あちらの戦力は?」
「3万ほどです。対して、こちらは5万」
「ミ・シル合流まで残り10日か……難しいだろうな。しかし、ある程度は離反するような動きを取るだろう」
恐らく、要塞の長であるジルバ大佐に反目する存在。そちらの派閥がモスピッツァ中尉を操っているのだとギザールは考えた。戦力が仮に削られるとすれば数日で攻略することも可能だ。
「……先遣隊として、大隊を一隊送らせましょうか?」
「いや。全軍を以て叩き潰す。近隣の村々にも構うな」
味方が離反して、士気が下がったところで一気に片をつける。
ギザールはかつてないほどぎらついた瞳で笑った。




