潜入
その日中に、ラスベルは海上輸送を開始した。元海賊のブジョノアとペコルックの力を借り、小規模の物資と兵を何度もボルサ村へと送り込む。
現時点で経路が確立されていることもあり、これについては、かなりスムーズにことが運んだ。
3回目の輸送では、自身も海上輸送でボルサ村へと向かう。そこは、かなり綿密に偽装されていた。年齢別の人口比も、他の村と遜色ない。誰がどうみても平和で、のどかで、どこにでもある平凡な村。
とてもではないが海賊の根城だとは思えなかった。
「へへ……姐さん、どうですか?」
「うん。相当大きいよ、これは」
ここから首都までは相当に近い。兵数は千と少ないが、奇襲となればイリス連合国に大きな打撃を与えられるのではないか。
「ペコルックはここで兵の訓練をしていて。戦になったら合流する。お願いね」
「任せてください! 姐さんのためなら、なんでもします!」
「うん」
心強い。なんて頼もしく、信頼ができる部下になったのだろうか。
ヘーゼンの規格外なところは、その人身掌握術と人材育成能力にも現れている。ノクタール国は文字通り生まれ変わった。
挙げればキリがないが、ジオス王への譲位。ノクタール国自体の改革。平民出身の者を要職に抜擢。派遣された帝国将官に至っては、天空宮殿の評判とは打って変わって、有能で働く将官へと変貌させた。
なんとか彼の術を吸収したいものだ。
「ねえ……ペコルック」
「へい!」
「私も師のことを見習いたいんだけど」
!?
「あばっ……あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ」
「……っ」
突如として泡を吹いて、痙攣を始めるペコルック。瞳孔はガン開きで、まるで、なにか別の方向から悪魔が見えるような絶望の表情を浮かべている。
「ど、どうしたの!? だ、大丈夫?」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
「……っ」
何かに怯えている。何かペコルックの目には幻覚が見えていて、圧倒的に怯えている。それだけは、わかった。
そして、一連の会話の中で、考えられる可能性は一人だけだ。
「じょ、冗談だよ。真似しない。もちろん、師は見習わない。師みたいにあなたを扱わないから安心して」
「あばばばっ……ぐはぁ……はぁ……はぁ……ぐっごえええええええええええっ」
!?
「……っ」
ビチャビチャっと。ひたすらゲロを吐き続けるペルコック。精神的ストレスが、明らかに肉体的な異変を引き起こしている。引き起こしまくっている。
しばらくして。
やっと、精神に落ち着きを取り戻したペルコック
「はぁ……はぁ……じょ、冗談キッついなー、姐さん」
「……っ」
何が!? ただの軽い一言が、こんな惨状を引き起こすとは、いったいどんな教育を施したと言うのだろうか。
「ま、まあいいや」
ヘーゼンのヤバさは日常茶飯事だ。いちいち気にしていてもキリがない。それよりも、どのようにイリス連合国を陥れるか。その方が肝心だ。
「……」
「姐さん、どうしました?」
ペルコックが尋ねる。
「クゼアニア国の首都アルツールはここから近いのよね?」
「え、ええ。2日もあれば行けると思いますけど」
「……一度、行ってみる」
「あ、姐さん自らですか!?」
「うん」
実際に、首都に入ってみてクゼアニア国の雰囲気と周辺の地理を把握しておきたい。奇襲はタイミングと迅速さが肝だ。そのために必要なのは情報である。
「じゃ、早速行ってみる」
「えっ……そんなすぐに? ちょ……」
ペルコックが制止するのも待たずに、ラスベルは首都アルツールへと出発する。
「ウフ……フフフ……」
馬を走らせながら、ラスベルは不敵な笑みを浮かべていた。ボルサ村のことは、非常に嬉しい発見だった。これで、ヘーゼンの予想を超えるような戦果を叩き出せるのではないかと胸が躍る。
*
「でかした! 素晴らしい成果だ。僕もこんな名案は思い浮かばなかったよ」
「い、いえいえ。たまたまですよ」
「そんなことはない。部下の意見を積極的に取り入れる姿勢と度量が肝心なのだ。さすがは僕の弟子だ」
「いやー。そんな、私なんて」
「これは、秘書官としても、もっと上に上げないとな。モズコールよりも」
「いやぁ……本当ですか?」
「ああ。そもそも、ヤツはただの、単なる変態だ。元々の認識からして誤っていた。本当に申し訳ない」
「い、いえいえ。分かればいいんですよ。分かれば」
*
「なんちゃって……フフ……フフフ……」
「あっ、ラスベル様」
「……っ、も、モズコールさん」




