結末
「はぁ……なーるほどねぇ」
人事省労務局。笑顔で出迎えてきたセグゥアと言う内政官は、ひと通り事情を聞いた後、大きくため息をつく。
「……」
なんとなく鼻につくエリート感。恐らく、上級貴族だろう。明らかに下級貴族である自分を見下している。見るからに気に食わないヤツだ。
「暴力ねぇ……最近多いんですよね。そう言う訴えが」
「……い、いや! しかし、あの職場は異常ですよ! 誰がどう見たって」
「ダゴル執政官のバライロ私設秘書官は、非常に礼儀正しい男だと伺ってますよ」
「……っ、そ、そんな訳がない!」
「そうは言ってもねぇ……」
「……っ」
なんだコイツは。まともに、こちらの言うことなど聞いていない。退屈そうに書類を眺めながら、さも無駄な仕事のように扱ってくる。
「証拠はあるんですか?」
「しょ、証拠?」
「証言でもいいですけど。ほら、話の信憑性を担保するために」
「そ、そんなもの簡単に準備できるわけない!」
思わず怒鳴って机を叩く。すると、セグゥアはまたしても深い深いため息をつく。
「マルナールさん。簡単じゃないんですよ?」
「……っ」
「あなたは同僚を訴えようとしてるんですから。仮に、あなたが偽装工作をしているとすれば冤罪になってしまうので、そこら辺は覚悟して言って頂かないと」
「う、嘘なんてついてない」
「そうは言ってもねぇ……」
「くっ……」
な、なんなんだこの男は。初めから、全然相手にする気がない。やる気がない。机をトントントンとするのが、非常に不愉快だ。
「正直、訴えるのは厳しいですよね。だって、あなた下級貴族で下級内政官じゃないですか?」
「そ、それがこの訴えとなんの関連がある?」
「帝国は爵位と階級の社会ですよ? 原則としては、上の者に逆らってはいけないのです」
「そ、それにも限度がある。それを何とかするのがアンタたちの仕事じゃないのか!?」
「はぁ……よく言われるんですよね。その手の誤解」
「ご、誤解?」
何を言っているんだコイツは。人事省労務局と言うのは、まさしくそう言う部署のはずだ。
「我々の主な仕事は、階級と爵位のバランス取りです。帝国ではヒエラルキーを表現するために、この2つを使用してますが、当然ですがねじれも生じる。例えば爵位が下で階級が上の上官などですね。そこのギャップを抑えるために、我が部署が存在するのですよ」
「……は?」
「わかりません? ダゴル執政官の階級は大佐格。爵位も上級貴族ですし、ハッキリ言って下級貴族で下級内政官のあなたとは天と地ほどの差があるんですよね」
「そ、そんなの関係あるか!?」
「あるんですよ、大いに」
「……っ」
セグゥアはまるで馬鹿な子どもに説明するかのように話を続ける。
「あなたの訴えを通すと、ダゴル執政官にご迷惑がかかります。下級貴族で下級内政官のあなたが、そんなことする権利もないんですよ」
「そ、そんな……」
「少なくともダゴル執政官がお認めにならない限りは無理ですね。階級も爵位も下の者の訴えなど通らないです。よほど大きなバックがない限りね」
「そ、そんな……」
「いや、ハッキリ言って常識なんですよ? だから、爵位の低い者は将官における階級を上げようと必死でやってるのに、あなたは未だに下級内政官ですものね」
「くっ……」
なんなんなんなんだ。いったいこいつは、なんなんなんなんなんなんだ。なんなんなん……なんなんなんなんなんなんだ。
「と言う訳で、お力になれないですね。申し訳ないですが」
「そ、そんな! あんた、ふざけるなよ!?」
「……あ?」
マルナールが胸ぐらを掴みかかった時、セグゥアの表情がギラリと変わる。
「お前……名門ジュクジォ家の私に向かって、この手を掴んでるのか?」
「ひっ……」
「今のは名門ジュクジォ家への宣戦布告。そう言うことでいいんだな?」
「そ、そんなこと……」
すぐさま手を引っ込めるマルナール。
「言っとくが、下級貴族の領地などいつでも取り潰してやるからな。名門ジュクジォ家を甘く見るなよ」
「は、はいっ……ごめんなさい」
すぐさま、謝罪を強いられた。なんで、こんな爵位を傘に着たようなヤツが、労務局なんかに。マルナールは、自身の運の悪さを呪った。
数秒を経って。セグゥアは落ち着きを取り戻したようにため息をつき、退屈そうに話を続ける。
「はぁ……続けましょうか、マルナール秘書官。あなたは、以前、問題を起こしてますよね?」
「そ、それは……」
「何人もの部署の者を休職、離職に追いやってますよね? それで、いざ、自分が同じことをされたら訴えるなんて、矛盾してませんか?」
「い、いや。私のは誤解。断固として誤解だ。で、アイツは本物の異常者でーー」
そう言いかけた時、部屋の扉が突然開いた。
「……っ」
振り返ると。
そこには、血塗れのバライロがいた。
「えへぅ……えへぅ……えへ……えべ……な、なんで? なんで? な、なんなんなんで?」
なんでコイツがここに?
「ああ……迎えが来たみたいですね。では、無価値な会話も切り上げますか。では」
セグゥアが立ち上がり、去ろうとする。
「まっ……待って待って待って! 待って待って待って待って下さい! こ、コイツです! こいつが正真正銘の異常者で……」
「知ってますよ」
「へべ?」
知ってる? シッテイル? コイツは何を言っているのだ。いったい、なにを……
そんな疑問について、セグゥアは歪んだ笑顔を浮かべる。
「彼とはね、ごしゅ……ある人のツテで知り合いなんですよ。ふかーいね」
「ひっ……ひっ……ひっ……」
狂っている。おかしい。なんなんだこれは。いったい、この状況はなんだ。
「ご、ご、ご主人様に……ご、ご、ごごごごごうごごごごごごごうごごごごごごごごごごごごごご……」
「……っ」
満身創痍の状況で、身体をウィンウィンと上下右左にくねらせながら、バライロがこっちへ近づいてくる。
「く、来るな! こっちへ……寄るな……触るな……」
「……うごごごごごご、ご、ご、ご主人様に、に、に、し、し、し、叱られるうううううっ! 叱られるぅうううううううううううっ! あ、あ、あ、い、あいあいあいいいいいああああいっ! 愛、愛愛愛いいいいいいっ! 愛の鞭いいいいいいいっ! あいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「あっ、ゆっくりして行ってくださいね。この部屋、貸し切りにしてますんで」




