表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

402/700

歓迎会


 午後5時。定時になった途端、バライロが立ち上がって、みんなに向かって叫ぶ。


「歓迎会行く人ー!」

「……っ」


 嫌過ぎる。そして、誰も手を挙げない。当然だろう。こんな異常者と行きたい者など誰もいるはずがない。


 ダゴル執政官の部屋には、私設秘書官が3人。公設秘書官が3人いるが、誰一人としてバライロを気にする者はいない。


 それどころか、空気のようにバライロを無視して、淡々と仕事をこなしている。まるで、その空間にいないかのように。


 しかし、そんな冷めた雰囲気など毛ほども感じずに、バライロは鷹揚な笑顔で語りかける。


「なんだなんだ? みんな、ノリ悪いな。じゃ、マルナールきゅんだけだね」

「……っ」


 予想してたけど、主役は強制参加。気分が悪くで、気持ち悪くて、もうどうしようもないのだが、それでも行かなければダメだろうか。


「それなら、儂も行こうかな」

「ダゴル執政官も来て頂けるんですか? あざーっす!」


 馬鹿。馬鹿すぎる。馬鹿がすぎる軍人系ノリ。ウザい。ウザすぎる。


 加えて、ニコニコじじいがついてきた。公然としたパワハラを見て見ぬフリするどころか、優しく見守るという情緒ブッ壊れ異常者が。


「じゃ、行こうぜ! マルナールきゅん、早く早くー」

「い、いや。あの申し訳ないですが、まだ、仕事が」

「そんなの残していけばいいじゃないか」

「そ、そうですか?」


 てっきりキレられるかと思ったが。


「4次会が終わって、その足で戻って徹夜すれば問題ないだろ? 要するに間に合えばいいんだから」

「……っ」


 徹夜前提。


 と言うか、4次会までやるの!?


「さっ、早く早く早く早くー」

「……わかりました」


 ここまで、なんとか生き残れた。あとは、適当に酔っ払わせて、コイツの目を盗んで、なんとか逃げればいい。


 2時間後、歓迎会がつつがなく始まった。


「いぇーい! まずは、マルナール内政官の意気込みから、どうぞ!」

「は、はい!」


 ダル絡み。ウザ絡みのオンパレード。だが、仕方がないと割り切り、従順な部下を演じる。


「こ、これから全身全霊で頑張っていきますので、よろしくお願いします!」

「いぇー! イッキ、イッキ、イッキ、イッキ、いぇーーーー!」

「んぐっ……んぐっ……んぐっ……んぐっ……」


 差し出されたジャッキを次々と開けていくマルナール。さすがは軍人系の飲み会。間髪入れずに注がれていくジョッキは際限がない。


 だが、ここは耐えなければ。


 10杯を越えた時、バライロの手がやっと止まる。どうやら、自分も飲みたくなってきたようだ。すかさず、マルナールはジョッキに酒を注ぎ、差し出す。


「おっ、ありがとな。いやー、マルナルきゅん、イケる口だねー」

「いえいえ。そんな、全然です。さっ、飲んで飲んで」


 マルナールは、バライロに次々と酒を投入する。当然、こちらも飲まされるが、『酔っ払うと殺される』という想いでなんとか踏ん張る。


 30分後、酔っ払ったバライロが機嫌良さそうに語り出す。

 

「まあ、俺も大分優しいと思うよ。これ言ったら、ごしゅ……尊敬する上官に怒られてしまうけど」

「そ、そうなんですねー」


 はい、出た。訳のわからない上官の武勇伝。自分なんて、まだマシな方なんだという意味わからない自己弁護アピール。だいたい、コイツよりヤバいヤツなんている訳がないのに。

 

「ごしゅ……尊敬する上官はさ。熱々の魚料理が出てくると、拘束された俺の口に思いきり、直接、丸ごと、インしてくるんだぜ! 笑っちゃうだろ?」

「……っ」


 笑えない。笑えなさすぎる武勇伝。なんだ、そのイカれたエピソードトークは。ヤバい通り越して、それはもはや殺人。ただの殺害。


 絶対に盛っていると判断した。


「ごしゅ……尊敬する上官と比べちゃうそれにしちゃさ、だいーぶ、優しいよ俺なんか」


 なんか、さっきから、コイツ、ずっと『ご主人様』って言おうとしてる!? ずっと、ずっと、ずっと、ごしゅ……って言いながら、顔を思いきりハリ手して言い直してる。


「それで、こんな馬鹿な俺だって耐えられたんだから、マルナルきゅんだって、絶対耐えられる。俺はそう信じている」

「うんうん。いい先輩と後輩じゃないか」

「……っ」


 脳みそが腐っている。絶対に腐りきっているとマルナールは判断した。明日もあの場所に戻れば、もはや絶対に死ぬ。なんとか……なんとかして


「あの、申し訳ないです! トイレに……」

「ここですればいいじゃん」

「……っ、い、いえ。店側のご迷惑になりますし」


 この狂人が、と心の中で叫ぶ。


 すると。


「はっ! はうぁあああああーーーーー!?」


 突如としてバライロが絶叫し始める。


「ど、どうしたんですか?」

「そ、そ、そうだね! も、も、も、申し訳ない! み、み、み、店の方々に、め、め、め、迷惑をかけるなんて! 悪い子! 悪い子! 悪い子! バライロ悪い子! お仕置き! お、お、お仕置き! お、お、お、おお仕置き! おおおおお仕置き! おおおおおおおし、おし、仕置きぃえええええええええっ!」

「……っ」


 狂いまくってる。なんたる狂気。バライロが勝手に自分を殴りまくって、自己制裁を始めている。それも、本気の力で、殴るたびに鮮やかな血が飛び散る。


 しかし、その隙を狙い『トイレ行きます』と言って、さりげなく逃げ出す。マルナールは人生でこんなに走ったことがないくらい走った。そして、すぐさま馬を買って全力で駆ける。


「はぁ……はぁ……」


 やっと。やっと、抜け出せた。


 1時間後、人事省労務局の窓口へと駆け込んだ。マルナールはやっと解放された喜びに打ち震えていた。


 あんなヤバい職場、間違いなく違法だ。絶対に訴えてやる。バライロもダゴルも、ライリーもエマも、全員訴えてやる。


「ぜぇ……ぜぇ……ククッ」


 クソ後輩のガタメンに至っては本気で許さない。全部あいつから始まったんだ。あの無能なクソクズが、仕事できないから。こっちまで、仕事できないと思われて、ライリーのクソに目をつけられて。


 帰ったら、絶対に同じ目に合わせてやる。ライリーとエマが降格したら、当然、次の上官は自分だ。誰にも何も言われない。自分の思った通りの指導ができる。


 まず、仕返しにバライロがやってきたことをそのままやってやる。あいつがやったことだから。これは、罰だから別にいいんだ。あいつは無能だから、それを甘んじて受ける義務がーー


























「お待たせしました。人事省労務局のセグウァです」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ