歓迎会
午後5時。定時になった途端、バライロが立ち上がって、みんなに向かって叫ぶ。
「歓迎会行く人ー!」
「……っ」
嫌過ぎる。そして、誰も手を挙げない。当然だろう。こんな異常者と行きたい者など誰もいるはずがない。
ダゴル執政官の部屋には、私設秘書官が3人。公設秘書官が3人いるが、誰一人としてバライロを気にする者はいない。
それどころか、空気のようにバライロを無視して、淡々と仕事をこなしている。まるで、その空間にいないかのように。
しかし、そんな冷めた雰囲気など毛ほども感じずに、バライロは鷹揚な笑顔で語りかける。
「なんだなんだ? みんな、ノリ悪いな。じゃ、マルナールきゅんだけだね」
「……っ」
予想してたけど、主役は強制参加。気分が悪くで、気持ち悪くて、もうどうしようもないのだが、それでも行かなければダメだろうか。
「それなら、儂も行こうかな」
「ダゴル執政官も来て頂けるんですか? あざーっす!」
馬鹿。馬鹿すぎる。馬鹿がすぎる軍人系ノリ。ウザい。ウザすぎる。
加えて、ニコニコじじいがついてきた。公然としたパワハラを見て見ぬフリするどころか、優しく見守るという情緒ブッ壊れ異常者が。
「じゃ、行こうぜ! マルナールきゅん、早く早くー」
「い、いや。あの申し訳ないですが、まだ、仕事が」
「そんなの残していけばいいじゃないか」
「そ、そうですか?」
てっきりキレられるかと思ったが。
「4次会が終わって、その足で戻って徹夜すれば問題ないだろ? 要するに間に合えばいいんだから」
「……っ」
徹夜前提。
と言うか、4次会までやるの!?
「さっ、早く早く早く早くー」
「……わかりました」
ここまで、なんとか生き残れた。あとは、適当に酔っ払わせて、コイツの目を盗んで、なんとか逃げればいい。
2時間後、歓迎会がつつがなく始まった。
「いぇーい! まずは、マルナール内政官の意気込みから、どうぞ!」
「は、はい!」
ダル絡み。ウザ絡みのオンパレード。だが、仕方がないと割り切り、従順な部下を演じる。
「こ、これから全身全霊で頑張っていきますので、よろしくお願いします!」
「いぇー! イッキ、イッキ、イッキ、イッキ、いぇーーーー!」
「んぐっ……んぐっ……んぐっ……んぐっ……」
差し出されたジャッキを次々と開けていくマルナール。さすがは軍人系の飲み会。間髪入れずに注がれていくジョッキは際限がない。
だが、ここは耐えなければ。
10杯を越えた時、バライロの手がやっと止まる。どうやら、自分も飲みたくなってきたようだ。すかさず、マルナールはジョッキに酒を注ぎ、差し出す。
「おっ、ありがとな。いやー、マルナルきゅん、イケる口だねー」
「いえいえ。そんな、全然です。さっ、飲んで飲んで」
マルナールは、バライロに次々と酒を投入する。当然、こちらも飲まされるが、『酔っ払うと殺される』という想いでなんとか踏ん張る。
30分後、酔っ払ったバライロが機嫌良さそうに語り出す。
「まあ、俺も大分優しいと思うよ。これ言ったら、ごしゅ……尊敬する上官に怒られてしまうけど」
「そ、そうなんですねー」
はい、出た。訳のわからない上官の武勇伝。自分なんて、まだマシな方なんだという意味わからない自己弁護アピール。だいたい、コイツよりヤバいヤツなんている訳がないのに。
「ごしゅ……尊敬する上官はさ。熱々の魚料理が出てくると、拘束された俺の口に思いきり、直接、丸ごと、インしてくるんだぜ! 笑っちゃうだろ?」
「……っ」
笑えない。笑えなさすぎる武勇伝。なんだ、そのイカれたエピソードトークは。ヤバい通り越して、それはもはや殺人。ただの殺害。
絶対に盛っていると判断した。
「ごしゅ……尊敬する上官と比べちゃうそれにしちゃさ、だいーぶ、優しいよ俺なんか」
なんか、さっきから、コイツ、ずっと『ご主人様』って言おうとしてる!? ずっと、ずっと、ずっと、ごしゅ……って言いながら、顔を思いきりハリ手して言い直してる。
「それで、こんな馬鹿な俺だって耐えられたんだから、マルナルきゅんだって、絶対耐えられる。俺はそう信じている」
「うんうん。いい先輩と後輩じゃないか」
「……っ」
脳みそが腐っている。絶対に腐りきっているとマルナールは判断した。明日もあの場所に戻れば、もはや絶対に死ぬ。なんとか……なんとかして
「あの、申し訳ないです! トイレに……」
「ここですればいいじゃん」
「……っ、い、いえ。店側のご迷惑になりますし」
この狂人が、と心の中で叫ぶ。
すると。
「はっ! はうぁあああああーーーーー!?」
突如としてバライロが絶叫し始める。
「ど、どうしたんですか?」
「そ、そ、そうだね! も、も、も、申し訳ない! み、み、み、店の方々に、め、め、め、迷惑をかけるなんて! 悪い子! 悪い子! 悪い子! バライロ悪い子! お仕置き! お、お、お仕置き! お、お、お、おお仕置き! おおおおお仕置き! おおおおおおおし、おし、仕置きぃえええええええええっ!」
「……っ」
狂いまくってる。なんたる狂気。バライロが勝手に自分を殴りまくって、自己制裁を始めている。それも、本気の力で、殴るたびに鮮やかな血が飛び散る。
しかし、その隙を狙い『トイレ行きます』と言って、さりげなく逃げ出す。マルナールは人生でこんなに走ったことがないくらい走った。そして、すぐさま馬を買って全力で駆ける。
「はぁ……はぁ……」
やっと。やっと、抜け出せた。
1時間後、人事省労務局の窓口へと駆け込んだ。マルナールはやっと解放された喜びに打ち震えていた。
あんなヤバい職場、間違いなく違法だ。絶対に訴えてやる。バライロもダゴルも、ライリーもエマも、全員訴えてやる。
「ぜぇ……ぜぇ……ククッ」
クソ後輩のガタメンに至っては本気で許さない。全部あいつから始まったんだ。あの無能なクソクズが、仕事できないから。こっちまで、仕事できないと思われて、ライリーのクソに目をつけられて。
帰ったら、絶対に同じ目に合わせてやる。ライリーとエマが降格したら、当然、次の上官は自分だ。誰にも何も言われない。自分の思った通りの指導ができる。
まず、仕返しにバライロがやってきたことをそのままやってやる。あいつがやったことだから。これは、罰だから別にいいんだ。あいつは無能だから、それを甘んじて受ける義務がーー
「お待たせしました。人事省労務局のセグウァです」




