バライロ
「これから、よろしく!」
「よ、よろしくお願いします」
キラリと光る白い歯と、快活な笑顔。筋肉隆々の中年男だ。熱苦しい。握力が強い。典型的な脳筋タイプだと、マルナールは瞬時に判断した。
「マルナール内政官! 一つだけ言っておく!」
「は、はい……」
「俺たちは戦友であり、仲間であり、家族だ。みんなで一丸となって仕事を頑張っていこう!」
「け……ケホッ! は、はい!」
バライロは背中をバンバンと強めに叩いてくる。正直に言って、苦手なタイプだ。
「では、早速仕事を始めてくれ!」
快活な声を残して、むさ苦しい筋肉男は、自身の席へと戻って行く。
「……」
いや、仕事内容わからん。秘書官業務など、やったことがない。新人がよくわからないまま放置してくるなんて、バライロという秘書官は、よほど脳内に筋肉しか残っていないらしい。
仕方なく、マルナールは立ち上がってバライロの席へと近づく。
「あの、何をやればいいんですかね?」
「あ? お前、引き継ぎやったんだろ?」
「……」
「……」
・・・
「えっ?」
えっ?
「ば、バライロ私設秘書官? 今、なんて言いました?」
「なんで、俺に仕事を聞くの? ジルモンド秘書官から引き継ぎしたよね? なんで? やることわかってないの? ねえ、なんで?」
「……っ」
めちゃくちゃキレてる。さっきまでの快活な笑顔が一転。とんでもないイカれた眼光でこちらを睨みつけてくる。
「も、申し訳ない! いや、しましたけど、そのとっかかりというか……」
「読んでないの? 読んでから聞くよね普通? 読んだ? ちょっとでも読んだ?」
「い、いえ……まだ、目を通しては……」
「なんで読まないの? 読んでもないのに来たの? 聞きに来たの? 失礼じゃない? ダゴル執政官から俺が上官だと説明受けたよね? 教育係の俺は、君にそこから教えないといけないの?」
「……っ」
とんでもなく追い込んでくるー。
「だ、ダゴル執政官……」
「んー? どうした?」
「……っ」
ニッコニコ。これ以上ないくらい初日から大きな声で、ガンガン詰められてるのに、ニッコニコのダゴル執政官。
それでも、マルナールはなんとか助けてもらおうと、視線でSOSを送り続ける。
「ちょっと……その、すいませんが初日で。私も慣れていないもので」
「うんうん。だから、よくバライロ私設秘書官の言うことを聞いて頑張ってね」
「……っ」
ニッコニコ!? こんな修羅場にも関わらず、ニッコニコのダゴル執政官。そんな中、バライロの冷たい声が後ろから響く。
「お前、今、もしかして、飛び越えた?」
「えっ?」
「じょ、上官で教育係の俺が、き、き、君に教えてるのに、飛び越えて、だ、だ、だだダゴル執政官に助け求めようとした?」
「……っ」
怖っ。なんだ、この危険人物は。ハッキリ言ってヤバい。控えめに言って異常。初対面で、しかもギアマックスで追い込みをかけてくる。
と、とにかく会話を終わらせなければ。
「いやいやいや。たまたま……その……」
バキッ!
「がはっ……」
「……」
「……」
・・・
「えっ?」
吹っ飛びながら。
壁に叩きつけられながら。
マルナールの鼻骨が潰れ、血がポタポタと地面に落ちた。普段見慣れない自身の赤を眺めながら、数秒間停止する。
なにが起きたのか。
えっ……今、殴られた……えっ、殴られた?
……えっ?
マルナールは理解が追いつかないような、パチクリとした無邪気な表情を浮かべる。しかし、その間を許すことなく、バライロは彼の耳たぶを掴んで思いきり下へと引っ張る。
体勢を崩したところを足払いで地面へと転がし、仰向けになったところで、胴体に向かって覆い被さる。
いわゆる、マウントである。
「ちょっ、おまっ……なにを!」
「じょ、じょ、上官できょきょきょきょきょきょーーーいく係の俺を通り越して、だ、だ、だ、ダゴル執政官に告口しようとした? し、し、したよな? したな! い、い、いや、絶対にした! む、む、むむしろ、くくくくくくく食い気味に! おおおおおおおおおおおれれれれられれの調教が不適格って! ご、ごごごごごごごごごごごご主人様に知られるだろおおおおおおおおおがああああああああああっ!」
「いや……ちょ……おまっ……わたっ……あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはっ!?」
言い終わる前に。
弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾っ!
拳の弾幕がマルナールに散弾する。縦・横・上・下・斜め。あらゆる方向に顔面が吹っ飛び、みるみる内に腫れ上がっていく。
やがて。
マルナールが完全に気絶した時。
「ふぅ……今日もいい天気だな」
空を見ながらニッコニコとお茶を飲むダゴルに向かって拳が血に塗れたバライロ負けず劣らずの笑顔を浮かべた。
「ご、ご、ごごごごごご主人様が教えてくれました。あああああああああああ愛の鞭あああああああああああああああああいーーーーーー!」




