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幕間 裏切り


          *


 ディオルド公国にあるアルゲイド要塞は、難攻不落と謳われていた。まず、魔法による防壁が張られ、矢などの飛び道具が通用しない。


 また、『強鎧兵きょがいへい』と呼ばれる全身鎧の軍団が砦の門に控えていて、正面突破を阻む。

 鎧に使用される金属は、ディオルド公国だけで採取されるマドマ鋼。大陸10番目の軽量性、15番目の強度を誇る。


「守る分には申し分ないんだよなぁ」


 つぶやくのは、ディオルド公国のギザール将軍である。金髪の散切り頭をガシガシとなでながら、自室で退屈そうに欠伸をする。


「やめて下さいよ、帝国と事を構えるなんて」


 そう諫めるのは、近衛団長のランドブル。28歳であるギザールより10歳ほど上の軍人は、鋭い瞳で釘を刺す。


「しかし、それだったら俺がここに来るまでもないだろう」

「左遷されたんだから仕方がないじゃないですか」

「仕方がないだろう。腹が立ったんだあの無能な大臣に」


 今が好機だと言う時に、ある大臣がでしゃばって協定を結ぼうとした。その時に、思わず暴言を吐いてしまって、今、ここにいる次第だ。


「ああ。退屈過ぎる。いっそのこと、帝国が攻めて来ないかなぁ」

「縁起でもないことを言うの、やめてください」


 そんな中、部屋にノック音が響く。


「ギザール将軍。帝国の中尉が内密に会いたいと言う連絡が入ったそうです」


 その報を聞くや否や、金髪散切り頭の青年は、即座に席から立ち上がった。


「裏切りか?」

「罠かもしれません」

「とにかく、会おう」

「将軍、自らですか?」

「暇なんだよ、このままここにいると」

「……っ」


 そんな理由で、と近衛団長は苦笑いを浮かべる。


「今、どこにいる?」

「ガバタオ商会の商館だそうです」

「あ? そこ、帝国側の軍商じゃなかったか?」

「確かにそうですね。罠としては、少し杜撰だ」

「……」


 ギザール将軍が顎に手を当てる。


「内部で何か起きてやがるな……わかった。すぐに行こう」

「ま、待ってください。私の他に数人用意しますので」

「今の俺に勝てるヤツが、あの要塞にいるかい?」

「まあ……そうですが」


 ギザール将軍の力はディオルド公国でも抜きん出ている。今は武功が足りないだけで、近い将来、必ず大将軍に昇進するだろうとランドブルは見ている。


 近衛団長としては安心この上ないが、代わりにさまざまな雑務を無茶振りをされるので、ランドブルの仕事は楽にならない。


 半日後、ガバタオ商会の商館に到着した。もちろん、隠密行動なので、護衛はランドブルと数人の護衛のみである。


「お待たしておりました。ウダイと言います。早速、ご案内します」


 福顔の商人に案内され、部屋に入ると、そこには神経質そうな軍人が座っていた。


「第2大隊所属、第4中隊のモスピッツァ中尉です」

「将軍のギザールだ。長居する気はない。用件を手短に聞こう」

「1ヶ月後……四伯、ミ・シルの軍勢が北方カリナ要塞に集結します。アルケイド要塞を落とすためです」

「……」


 ギザールはモスピッツァを見つめながら、その人となりを観察していた。真実であれば、大問題だが嘘であれば、みすみす偽報に踊らされることになる。


「証拠は?」

「ここに、やり取りした書簡の写しがあります」


 手渡された中には、詳細の内部情報と関係者の名前が書かれていた。


「……わかった。一度、ウチの情報部と照らし合わせてみよう。しかし、中尉と言うことは将官だろう? なぜ、帝国を裏切る?」


 戦況としては、帝国の方が優勢だ。国力としては、今、最も勢いがあると言っていい。国家の格としても、人材の質も、すべてにおいてディオルド公国の数段上をいく。


 神経質そうな男は、不自然なほど禿げ上がっていた。そして、爪をガジガジと噛みながら夢遊病者のようにつぶやく。


「……ヘーゼン=ハイムという新参少尉のせいで、私はすべてを奪われました。このガバタオ商会も、奴のせいで多大なる損害を被っている」

「少尉?」


 ギザールが怪訝な表情を浮かべる。少尉格が、果たして軍に対してそこまでの影響力を持てるだろうか。


「ただの少尉ではありません。ヤツはクミン族との停戦協定を締結させ、私の地位を奪いました」

「……」


 ギザールとランドブルは思わず顔を見合わせる。その後、停戦文書の写しなど、一介の中尉では手に入らない文書が次々と出てきた。


「モスピッツァ中尉。これは、誰が裏で糸を引いている?」


 この男、個人のものではない。背後により大きな力を感じる。


「個人名は明かせません。ただ、私も、ガバタオ商会も、その方々も、奴の存在を許せません」

「……」


 対立派閥かとギザールは納得する。得てして、味方の派閥を潰すために他国の要人と画策する例は腐るほどある。


 実際、目の当たりにすると不快この上ないが、これだけの資料があれば整合性の確認にはそう時間はかからないはずだ。


「もし、情報が本当だったとして。私は帝国の要塞を攻めるぞ? 見返りは?」

「いりません。ただ、ロレンツォ大尉、ヘーゼン少尉の命。特にヘーゼン少尉は必ず抹殺して下さい」

「……わかった」


 大方、ミ・シルが派遣された後に、要塞を取り返す算段をしているのだろう。しかし、ギザールとて、みすみす領土を取り返される気はない。


「では、交渉成立ですね」

「ああ」


 モスピッツァ中尉は笑い。


 ギザールも笑った。


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