マルナール
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3日後、マルナールは意気揚々と職場へと出かけて行った。いつもとは違い、ウッキウキ。新たな気持ちで迎える新たな職場に心が躍り踊る。
「ふははっ! さすがはダゴル執政官。見る目があるな」
あの小娘や、上官のクソライリーなどには、自分のよさがまったく伝わらなかった。それ故に、不遇な対応に甘んじていたが、やっと理想の上官に巡り合うことができた。
「おはようございます!」
意気揚々と、元気よく挨拶をする。何事も最初は挨拶が肝心だ。
「おお、おお。おはよう。よく来てくれたな」
「はい! よろしくお願いします!」
マルナールは、ビシッと直立不動で挨拶をする。ダゴル執政官は相変わらず包み込むような笑顔で出迎えてくれる。これが、まさしく自分の求めていた職場だ。
「早速だが、秘書官のジルモンドと引き継ぎをしてくれ」
「はい!」
「よろしくお願いします。では、引き継ぎ資料の交換を」
そう言って、互いに資料の交換をする。
「……はっ?」
ジルモンドが出したの資料は100ページ。
「……はっ?」
一方で、マルナールの資料はペラ一枚(1ページ半)。
あまりにも量が違いすぎる。チラッと手に取ると、膨大な文字がギッシリ。なんなら、こっちは文字を少し多めに、行間を大きく取っているのに。
いかん、ジルモンドが戸惑ってる。
こっちがキレなければ、こっちがやられる。
マルナールは先んじて机を叩き、大きな声を出す。
「こ、これは……い、いやこんな膨大な量! 10年以上勤めてきたジルモンド秘書官の仕事を一気に引き継ぎと言われても!」
「いえ。私もここに勤めて3ヶ月程度ですけど」
!?
「……っ、でも! ドクトリン領ではずっと現地で秘書官をやっていた訳でしょう?」
「ああ。それは、すでに現地で引き継いでいるので、この資料には織り込んでません。純粋にダゴル執政官の公設秘書官としての引き継ぎ資料です」
「……え」
それで、100ページ?
「まあ、あくまでガイドなのでザッと読んでいただいて。資料なども索引できるようにしてますので」
「……っ」
わかりやすい。パラパラとめくるが、引くほどにわかりやすい。
「ところで……マルナール内政官の引き継ぎ資料は、これだけですか?」
「きゅ、急な話だったので!」
マズい。汗が止まらない。当然、仕事などほとんどやってなかったので、引き継ぎ事項もほとんどなかった。やっていたのは、後輩のガタメンに対して、引き抜きを受けたことに対する自慢だけだ。
「わかりますけど、これではあまりに内容がない。多少、まとまってなくても今行っている仕事の分母を出して頂かないと」
「……っ」
ない。最近は、ほとんど仕事をサボっていたから、正直言って、やっていることがない。頭を絞りに絞って考えるが、本当にない。ないものは、ない。
「ひ、引き継ぎできる仕事は同僚に引き継いでいる! 一朝一夕でできる仕事ではないからな!」
「誰にですか?」
「だ、誰って……その……」
その時、マルナールは架空の引き継ぎ作業を実施する。自分が仮に引き継ぎ作業をするとして、容易にできて、逆らわずに、誤魔かせるヤツは……
「が、ガタメン内政官だ」
「わかりました。では、彼に聞けばいいってことですね?」
「あ、ああ! 間違いない! だが、アイツは私と違って仕事ができないからな。忘れた、とか言い出すかもしれない。ただ、私は言ったから! 絶対に言ったから!」
「もちろん口頭だけでなく、書き物にも残しているのでしょう?」
「そ、それは」
「……残していないのですか?」
「いや! でも、言ったから! 間違いなく引き継ぎはされている! 言ったからな! できないのは、全部ヤツの責任だ!」
「……わかりました」
「くっ……」
なんだコイツは。できる秘書官風な感じ出しやがって。嫌なヤツだ。こっちは、言ったって言ってるんだから、なんで信じない。
こう言うヤツは、絶対に職場で好かれてない。いや、むしろ嫌われているはずだ。自分がこの職場を変えてやるのだ。仕事だけの付き合いだけじゃない。
チームとして。仲間として。血よりも濃い人間関係を構築するのだ。
1時間後、ほぼジルモンドの説明ばかりの時間が終わった。ヤツはダゴル執政官にお辞儀をして席を退出する。
「ったく。なってませんな」
「ん? 何がだい?」
「お辞儀の角度ですよ。少し浅い。あれでは、ダゴル執政官がナメられているみたいで、私は不快です」
「私は全然気にしないけどねぇ。ぜーんぜん」
いつもニッコニコの好好爺は、そう答える。マルナールはそれを見て少しため息をつく。
「ダゴル執政官のお優しい人柄に甘えているのですよ。ハッキリ言って。仕事の前に、一人の人間として、当たり前のことを当たり前のようにやらなくては。その点では、礼儀作法などは、一番重要です」
「なるほどなるほど。そう言う意味では、これから紹介する私設筆頭秘書官とは気が合うかもしれないね」
「そうですか」
ダゴル執政官の話を、マルナールはしっかりと頷く。こう言う聞く姿勢が大事なのだ。それをなんだ。あのジルモンドと言う男は。質問、反論、指摘。物事には順序も段階もある。頭でっかちのクソバカめ。
「これから紹介する者は、私設・公設秘書官の取りまとめをしてくれているから、職場では君の上官、教育係だと思ってくれ」
「わかりました!」
マルナールはハッキリと返事をする。将官である自分が、私設秘書官ごときに遜るのは本意ではないが、秘書官の中では珍しくない形態だという。
いずれ、実力の違いをわからせてやればいいか。
「では、入ってくれ」
「バライロです! よろしく!」




