中級内政官 エマ(3)
「……えっ?」
エマは再び聞き返す。同期の奴隷による、衝撃的な伝言。ちょっとした、相談のつもりだった。『愚痴を聞いてもらいたかった』という至極軽い気持ちだった。
しかし、出てきたのは圧倒的な実質的解決。
「噂を聞くと、マルナールは相当なクズらしいね。前の部署でも相当やらかしたらしいし、ひと通りの準備はできている」
「い、いや。それでも私の部下だから。そこを、なんとかするのが私の仕事というか……力量というか」
頼ってはいけないと言うか、頼るのが怖いと言うか。そんな得体のしれない恐怖を感じる。しかし、セグゥアは気にせずに話を進める。
「エマ。聞き込みをしてわかったが、君はヤツから結構な嫌がらせを受けているよ。ご主人様のお陰で、大分ストレスへの耐性が強くなっているが」
「……」
『お陰』、というのか『せいで』というのかは早く微妙なところだ。しかし、確かに、多少の嫌味を言われても心にくるものはない。ただ、仕事の足を引っ張ってくるのは勘弁してもらいたいところだが。
「マルナールは、中堅の下級貴族の癖に無能だからな。自分の立場がゴミクズ以下であることを思い出させる必要がある」
「ご、ゴミクズ以下って……私はそんな風に思ってはないんですけど」
「無能にも2種類ある。価値のある無能か、価値のない無能か」
「……っ」
どこかの誰かさんみたいな言葉。
「まあ、僕もご主人様のお陰で名門貴族の仲間入りを果たした一人だ。価値のある無能になれて、心から感謝している」
「……」
彼もまたヘーゼンと同様、平民出身であった。
だが、名門貴族の熟女と婚姻関係を結ばされた。
レアピッグ=ジュクジォ、48歳。身長150㎝、体重150kg。2学期の夏休み中に、ヘーゼンが見つけてきた未亡人の名門貴族だった。『若者喰い』で有名だった豊満な熟女を、学生セグゥアが惚れさせ婚姻に至った。
ちなみに、セグゥアが女性と付き合ったことはなかったと言う。
結婚初夜を経た彼の喪失感満載の表情ったら、なかった。その数日後から、セグゥアは変わった。『もう俺にはこれしかない』とつぶやき、それまで以上に一心不乱に魔力の修練に打ち込んだ。
その後、学生同士がキャッキャと恋愛に明け暮れている中、セグゥアは週末の休みに呼び出され、翌週には精気が抜け落ちたかのように授業を受けていたことを覚えている。
ますます、彼は変わった。
廊下を仲良く歩いているカップルを見ると、『まだ、そんなレベルか』と目を血走らせながら、捨てセリフを吐き、ベンチで膝枕をしているカップルを見ようものなら『本当の快楽を知らない憐れな存在』と憎悪の眼差しを向けていた。
結果として、セグゥアは名門ジュクジォ家の地位に異常に執着する性格になった。将官になってからも、名門というアイデンティティをフルに意識し、その手の人間とだけ付き合う爵位至高主義者に変わった。
同期のエマに対しても敬語を使って遜り出した時はビックリした。『友達なんだからやめてくれ』と何度も言って、やっと直してもらったが、話せば話すほど価値観が違ってしまったので、それからは、あまり話さなくなっていたのだが。
そんな変わってしまったセグゥアは、真面目な表情で話を続ける。
「君のような天上人にこんなことを言うのは、憚られるし、主人様から『厳しめに言え』と命令されてるので言うね」
「……っ」
爵位至上主義ー。
それに奴隷ー。
「そもそも、君はナメられている。性格上、身分を傘に振る舞うような人じゃないと思われているから、マルナールはそこを付け込んでいるんだ」
「そ、そんなこと言ったって。なかなか、身分を振りかざしてってのはなかなか」
そう答えると、セグゥアは、大きくため息をつく。
「エマ。君は自分の存在価値について、まったくわかっていない。君は超名門のドネア家の令嬢だよ。本来、名門である僕らが羨むほどの存在。本来なら僕のような名門貴族を足蹴にしても、なんら許されるほどの天上人なんだ」
「うっ……そんなこと全然ないんだけど」
「それは、君がライリー上級内政官の下で働いているからだ。彼は下級貴族出身だから職場に爵位を持ち込まない雰囲気なのだろう。だが、他の部署はむしろ僕寄りの価値観の者が主流だよ」
「……」
セグゥアが人事省に務めているからかもしれない。あそこは、貴族の爵位などが相当影響する部署なので、そう言った風潮は強い。
「にも関わらず、あんなクソゴミクズ底辺貴族にナメられることなんて、あってはならない」
「うっ……どうすればいいの?」
相変わらず苦手な男だ。ただ、困っていることも事実なので、とりあえずは助言に従うことにする。
「とにかく、数日間苦痛に我慢してくれ。必ずマルナールを君の眼前から排除してみせるから」
「……っ」




