中級内政官 エマ(1)
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『久しぶり。お元気ですか? そちらの状況はどうですか? バレリア先生が、素晴らしい生徒をそちらに送ったと聞いて安心しました。カク・ズは元気ですか? ヤンちゃんは元気ですか? また、2人を連れて遊びに来てください。
あの、ところで少しだけ相談が。ほんの、ほんの少し仕事が……その、捗りが悪い部下がいて、人の揚げ足を取ったりして、少しだけ、ほんの少しだけ、困ってる部下がいるんだけど、どうやって対処してる?』
天空宮殿。エマは、1週間前に出した伝書鳩が届かずにため息をついた。
「あーあ、なんでこんな手紙出しちゃったんだろう」
ヘーゼンが忙しいことはわかっている。
同期の将官……いや、大陸全ての将官と比べても、戦果は桁違いだ。ガダール要塞、ロギアント城に続き、ダゴゼルガ城、ジオウルフ城を攻め落とした。
大将軍級……いや、この短期間の成果では明らかにそれらを超えている。
「はぁ……我ながら、バカな質問しちゃった」
エマはそうつぶやき、自己嫌悪に陥る。目下、死闘を繰り広げているヘーゼンに対して、自分のような小物の職場相談なんて。
だが、困った時。どうしても、顔が思い浮かぶ。また、おかしな解決策を提示されて、『できる訳ないでしょ』って文句を言って。
ヘーゼンは、『なんで、できないんだろう』みたいな不思議そうな表情を浮かべて。どうしても、学院時代のことが思い出されて胸がチクチクと痛む。
「あっ、いけない。遅刻遅刻」
エマは、すぐさま準備をして身だしなみを整え、急いで馬車へと乗り込む。中級内政官となり、部下をまとめる立場となった。
それ故のストレス値は高い。
「おはようございます!」
部屋に入るや否や、今日も元気に挨拶をする。人は、挨拶から始まり挨拶で終わる……なんて、高尚を垂れるつもりはないが、まあ、挨拶をした方がお互いに気持ちよく過ごせるのは間違いがない。
割と、ヘーゼンも挨拶はするから不思議だ。
天上天下唯我独尊男のくせに、礼儀作法も完璧。待ち合わせには、必ず時間より少し早く来てるし、いろいろなことに対し、ピシッとしている印象だ。
「おはようございます」
「……」
む、無視。目下、厄介なのは、この落ちぶれ部下の、マルナールだ。そもそも、彼は自分の上官だったが、部下へのパワハラとモラハラとセクハラで降格させられた。逆に、エマがそのポストに入り、マルナールの上官となっている。
それ以来、仕事をやっている気配がない。
いや、自分なりにやっているのかもしれないが、とにかく成果が現れていない。
「ふぅ……いかんいかん」
エマは席に戻って、誰にも聞こえないようにつぶやく。自分は部下を統括する立場だ。部下が気持ちよく働ける環境を作るのが自分の仕事ではないか。
「……エマ中級内政官」
そんな時、上司のライリーが声をかけてきた。この人は、下級貴族出身でありながら、自身の才覚のみで上級内政官にまで昇進あがった生粋の叩き上げである。
下級貴族出身の者は、上級貴族に忖度する性質たちだが、この人は違う。誰にでもフラットに厳しく接する生粋の職業人だ。
他人にも厳しいが、自分にはもっと厳しい。話していると、自然と背筋がビシッとなってしまうような人である。
「この前頼んだ仕事はできているか?」
「は、はい! この通り」
エマは、すぐさま大量の資料の束を渡す。
「……この資料、どれくらい君がやった?」
「えっ……と5割くらいでしょうか?」
本当は8割である。とにかく、部下の仕事の進みが遅い。そうなってくると必然的に納期に間に合わずに自分が手を出してしまう。
特にマルナールは、他人の仕事に口を出して、自分の仕事をあまりやらない。いや、やらないどころか他人の足を引っ張ろうとするから困ったものだ。
「納期の管理意識が高いのはいいが、部下に仕事をやらせることも、上官の仕事だぞ?」
「は、はい!」
ライリーは厳しい表情で頷き、席を立つ。
……とは言ってもなぁ。
エマは心の中でつぶやく。
とは言え、目下重大なプロジェクトも進行しているから、これはチームでやらなくてはいけない。それは、砂漠化した土地へ樹木を植え込み、緑化を推進するというものだ。
通常、砂漠に木などを植えても育たない。そこに、栄養素がなく、水をあげても地中へ入っていってしまうからだ。
それでも、砂漠のような気候に合うような種類の木々を探し、魔力を注ぎ込むことによって、砂漠でも適応可能な植物に品種改良するというものだ。
これには業務的な意義を感じていて、農務省全体でも推し進めていきたい案件なので、進捗管理も事細かくやらなければいけない。
「マルナール内政官。先日お願いした書類はできているかしら? そろそろ上の決裁を貰おうと思ってるんだけど」
「やってないっすねぇ」
「……っ」




