ガジオ大臣
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クゼアニア国の主城であるカルキレイズ城。静寂に包まれている玉座の間で、ただ、伝令の声だけが室内に反響していた。
そして。報告が終わった途端、イリス連合国盟主のシガー王は、震える手で伝令の胸ぐらを掴む。
「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?」
「ひっ……」
瞳孔は、これ以上ないくらいガン開き。半ば、泡を吹きそうになりながら、何度も何度も連呼する。周囲の臣下もまた愕然とした様子で、隣同士でボソボソと事実を確認し合う。
飛び込んで来たのは、圧倒的な大敗報だった。
わずか3日間で、ジオウルフ城とダゴゼルガ城の2城を奪われた。総勢で15万を越える大国の軍勢が、3万足らずの弱小国に敗れたなど、大陸の歴史に残る汚点だ。
信じられないことが起きている。
シガー王は、気を紛らわせようと、ガジガジと指の爪を齧る。
「数ヶ月前までは平穏だったではないか! あれは、嘘だったのか!?」
「……」
誰も何も答えない。
「いや、今の光景が夢なのか。でなければ、説明がつかない。つくはずがない。いったい何が起きてるんだ。なぜ、なぜ、なぜ、イリス連合国が……」
「……諸王会議で、救助を求めましょう」
その時、末席に控えていた老人が発言をする。ガジオ大臣。先代盟主でシガーの父でもあったビュナリオ元王の筆頭大臣である。
シガー王は立ち上がり、まるで、ガジオが責任者かのように怒鳴り散らす。
「ふざけるな! 盟主である私が、なんの救助もよこさなかった諸王どもの慈悲をすがれと!?」
「ノクタール国軍は、明らかに我がクゼアニア国を標的にしております。総合的な戦力では圧倒してるのです。相手は局所的な戦を仕掛けてきています。諸王の力を借り、イリス連合国全軍をもって対処するのです」
「そうしようとしただろ! 私は何度もそうしようと訴えた! 何度も何度も! 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!」
「……」
まるで、子どもだ。ガジオ大臣は大きくため息をつく。そうではない。イリス連合国を自分のものであると驕った結果が、こうなったのだ。
諸王の話をよく聞き、尊重し、真に連合国のためを思っての決断がことごとくできていなかった。
その結果が、今の惨状を招いたのだ。
「頭を下げろと言うのか!? 盟主である私が! 『助けてください』と諸王どもに命乞いをしろと言うのか!?」
「……」
まだ、そんなことを。いつまで面子にこだわっているのだ。次の戦に負ければ、イリス連合国は本格的に危ない。今は静観している周辺国の侵攻も開始されるではないか。
信じられないことだが、ノクタール国は、すでに周辺国との同盟を締結している。
ゴクナ諸島を完全に掌握したシルフィ一派。狂暴で有名なタラール族の新たな大首長ルカ。それぞれ、強固な繋がりを持ち、イリス連合国に対抗しようとしている。
敵は小さいが、圧倒的な団結とまとまりを見せている。一方で、こちらはデカいだけで、バラバラ。しかも、愚鈍だ。
ガジオ大臣はため息をついて答える。
「仕方がありません。これ以上ノクタール国への侵攻を許すのは、諸王たちにとっても本意ではないと思います。こちらが頭を下げれば、援軍を出してくれるでしょう」
「くっ……そおおおおおおおおおおお! がああああああああああ!」
狂ったように叫ぶ。
「……」
王の器ではない。ガジオ大臣は、強く思った。我が強く、自尊心が高く、他者に責任を押し付ける。先王が『息子に盟主の座を譲る』と言い出した時、死を賭けてでも諌めるべきだったのだ。
「私は頭を下げないぞ! ガジオ大臣、そんなに助けを乞いたくば、貴様から言え!」
「もちろん、私の頭で足りるのならばいくらでも下げます。しかし、諸王はシガー王の要請でなければ受け入れないでしょう」
「嫌だ嫌だ! あの、アウヌクラス王に頭を下げるのなど、死んでもごめんだ!」
「……ならば、クゼアニア国は滅ぶしかありません」
ガジオ大臣は静かに答える。シガー王も、すでにわかっているのだ。屈辱に耐え頭を下げなければ、待つのは滅亡しかないと。
それを、わかっていながらも、このような醜態を晒さずにはおれない気性なのだ。ただ、駄々をこねて、周囲をひたすら困らせる。
こんな子どものような男が、イリス連合国の盟主であることに、ガジオ大臣は心の底から嘆いた。




