戦力
翌日、ヘーゼンはギザールとともに、奴隷牧場を尋ねた。地下室にある薄暗い牢獄。そこには、新たに連れてこられた新顔たちが囚われている。
そこにいたのは、タラール族の戦士クシャナだった。新しく大首長になったルカに捕縛された後、掟により、絶対服従の契約魔法を結ばされた。
クシャナは抵抗せずにそれに従い、莫大な金でノクタール国へ売られることになった。したがってヘーゼンに、この男の生殺与奪の権利がある。
両手を縄で結ばれながらも、スキンヘッドの紅い目をした男は、まるで、獣のような眼光を浮かべ睨んでくる。
「調教は必要だろうが、いい武器になるぜ」
ギザールが言うと、ヘーゼンは首を横に振る。
「……いや。それでは狂気が薄れる。飼い慣らされた猛獣は野性には敵わない」
「はぁ!? じゃ、どうするんだよ」
「野に放つ」
そう言って、ヘーゼンはクシャラの縄を牙影で解いた。
「……どう言うつもりだ?」
「ノクタール国の陣営に将官として加われ。まだ暴れ足りないだろう?」
「平地の民のために戦えと言うのか? 命令をして無理矢理従えさせればいい」
「それでは、君の狂暴性を活かせない」
「……」
契約魔法で可能なのは、服従させること。それは、自由な意志を奪い主体性を奪う。戦場において、クシャナのようなタイプにはマイナスに作用する。
それは、クシャラの側に仕える部下たちも同じだ。彼らもヘーゼンのために働きはしない。だが、クシャラを頭に据えれば、命を懸けて働くだろう。
「まだ、殺し足りないのだろう?」
「……」
ヘーゼンは漆黒の瞳で覗き込む。
「貴様は別にタラール族のために殺戮を行なっていた訳ではない。復讐のために、タラール族以外の者を殺戮していただけだ」
「……」
「戦場は用意してやる。その殺戮本能を、思いのままに解放して、好きに殺し続けるがいい」
ヘーゼンは牢獄の鍵を開け、ギザールとともに、歩き出す。すると、クシャラはノソノソと後ろをついてくる。
「いいのか?」
ギザールがヘーゼンに耳打ちする。
「ああ。次の戦は、総力戦になる。全ての将官が最大限の力を発揮しなければ勝てない。クシャラは強い。他のタラール族の戦士たちもな。要するに、使いようだ」
「……しかし、アレは扱いづらいぞ? そもそも、どこの所属にするんだ?」
「……」
!?
ヘーゼンはニッコリと笑ってギザールの肩を叩く。
「えっ! 俺んとこ!? 嫌だよ、あんなヤツ! 暗いし、危ないし、滅茶苦茶だし」
「ヤツの性格と魔杖の特性を考えると、ギザールとの相性が一番いいんだ」
クシャラが持つ魔杖は、無頼ノ屍。発動すれば、自身と一定範囲の味方に超常的な再生能力を付与することができる。
例えば弓で脳天を貫かれた瞬間に、瞬時に細胞の再生が発動する。身体を斬られても、互いの部位パーツを重ね合うことで、即座に部位を接着することができる。
「この魔杖のいいところは、不意打ちを防げるところだ。君と組ませることで、即死を防ぐことができる」
「ぎゃ、逆に俺の雷切孔雀も無効化されるだろう!?」
「要するに、使いようだ。防御では無頼ノ屍の発動し、こちらが攻撃に回れば解除する。そうすることによって、戦闘に幅が出る」
「う、ううむ……だがなぁ」
「なにより、あの男は自分よりも強い者にしか従わない性格だろう。そうなれば、おのずと限られてくる」
クシャラは即死型の亡者ノ鎌も持つ。魔杖同士が触れるだけで、毒が相手の身体に流れ込み、死にいたしめる必殺の魔杖で、それはカク・ズとは相性が悪い。
となれば、元竜騎兵のラシードになるが、彼は人を従えるようなタイプでもない。したがって、ギザール一択になる。
「さ、最悪過ぎる……」
「仲良しこよしでやれとは言ってない。戦場では、この上なく役に立つ補充だ。むしろ、感謝してほしいね」
「ら、ラスベルは? あいつもかなりの強者だと聞いたが」
「彼女には、この2人をつける」
そう答えて、ヘーゼンは足を止めた。
そこには、海賊のブジュノアとペルコックがいた。この2人は、ゴクナ諸島でシルフィと覇権を争った海賊の親分である。
「ひっ……お助け……お助け」
「命だけは! どうか、命だけは!?」
「……こいつら、役に立つのか?」
情けない声を出しながら命乞いする2人を見ながらギザールが尋ねる。ヘーゼンは冷徹な目で見下ろし、淡々と答える。
「こいつらは調教する。奴隷として徹底的に。恐怖で縛れば、容易に従うタイプだからな」
そう言って、ヘーゼンは牢獄の鍵を開ける。
「外へ出ろ。力試しもかねて、相手をする。僕に勝てば解放してやる」
「ほ、本当か!?」
「ああ。僕は嘘をついたことがない」
そう答えると、2人の目にギラつきが戻る。怯えた情けない様子は、どうやら演技だったようだ。
「流石は海賊。抜け目がないな」
「……あいつらにふかーく、同情するよ」
ギザールは大きくため息をつく。
「無頼ノ屍は便利だな。千回殺しても、死なないのだから」




