医務室
医務室にて。素っ裸で眠らせているナンダルを前に、ラスベルとヤンは立たされる。
「……っ」
知り合いの身体は、めちゃくちゃ生々しい。
「どうした、ラスベル。集中して僕の指を見ろ」
「……っ」
ナンダルの骨盤付近に指を置きながら、注意する。その漆黒の瞳は、なんの感情も抱かず、ただ冷徹に患者の身体を見つめている。
「姉様、コツは『人をゴミのように見る事』だそうですよ」
「……っ」
ニッコリ。6歳前後の幼児とは思えない恐ろしくドライなセリフを、なんて無邪気な笑顔で吐くのだろうか。
今後、異常者な教育を受けたこの子は、いったいどんな子に育っていくのだろうか。この妹のような年頃のヤンが、心配でならない。
そんな中、なぜか、その場にモズコールが同席していた。現在は、ノクタール国の首都で歓楽街のプロデュースをしているはずだが、召集があったのだろうか。
そして、彼は、ラスベルの肩をポンポンと叩きながら(触らないで欲しかった)、ヘーゼンに向かって言葉を発する。
「そうは言っても、年ごろの女性には少し刺激が強すぎるのではないかと」
「そうか? 脳のスイッチを変換すればいいだけなのだが」
「な、なるほど。しかし、それは、我々常人にはあまり簡単なことではないと思われます。少なくとも、それを覚えるまでは別の対処が必要なのでは?」
「……っ」
屈辱。自分を常人と称する変態に、同じ括りにされた。そして、異常者の無茶振りに対して、変態に擁護された。
恐ろしい。この大陸は限りなく、恐ろしく広い。
そして、なぜか変態が異常者の説得に心動かされようとしている。
「ふむ……人体の構造を覚えるのは、全裸が最適なんだがな」
「いいものがありますよ」
「……っ」
隣にいたモズコールが答え、おもむろに出してきたのは、キワキワの紙パンツだった。彼は手慣れた様子で、ナンダルに装着をする。
ぎゃ、逆に生々しくて気持ちが悪い。
「これで臀部あたりを隠せるので、目に毒と言うことはないでしょう」
「そうか。これで、ラスベルがいいならやろう」
「……っ」
いいわけがない。駄目だ。このままでは、おかしくなってしまう。即座に脳のスイッチを切り替える必要があった。
その瞬間、ラスベルは超高速で頭を回転させた。尋常ならざる集中を発揮して、人の身体を見てもなにも感じないような精神にまで至る。
「……もう平気です。やりましょう」
「流石、僕の弟子だな」
ヘーゼンはそうつぶやき、悪穴を瞬時に特定して指で射抜くように叩いていく。それは、ラスベルが数時間かけても見つけられなかったものだ。
「患者の数をこなさないと、経験値は増えていかない。魔医の経験は、戦場においても宮仕えにおいても、暗殺者に襲われた時にも生きる。時間が空いた時には、訓練所に行くといい。彼らはいい治験体になる」
「で、ですが……失敗したら……」
「それがいいんじゃないか」
「……っ」
「もちろん、失敗しないようにと言う気構えは必要だが、失敗を経なければ上達はしない。患者を死なせた数が多ければ多いほど、魔医として上達する」
「……」
理屈はわかる。しかし、どこかでそれを割り切れない自分もいる。一方で、いったいヘーゼンは何人の患者を死なせてきたと言うのだろうか。
歳はヘーゼンとそこまで変わらない。だが、才能などでは片付けられないほどの差を感じる。特筆すべきは、その圧倒的な経験値だ。ラスベルが出会ってきたどの魔法使いよりも、あらゆる知識が広く深い。
「僕は君とヤンにあらゆる経験を伝えるつもりだ。しかし、それには覚悟がいる。必死についてきてくれれば、帝国における君のキャリアに決してマイナスにはならないと思う」
「……わかりました」
ラスベルは表情を引き締めて、頷いた。




