好循環
それから、1ヶ月が経過した。第4中隊がナンダルの商家に乗り換えてから、状況は劇的に変化した。次々と他の中隊がガバタオ商会から乗り換えて行ったのだ。
それは、ヘーゼンが暗黙の了解を破ったことで、よりサービス、品質のよい方へと移り始めたのだ。中でも、如実に差が出たのが、食糧だった。
やはり、兵たちの一番の楽しみは食事である。第4中隊の食事が飛躍的に美味しくなり、また、安値で買えるので量も多く手に入るようになった。頻度も小分けで配給されるので、新鮮な状態のものが手に入る。
さらに、ヤンが多めに購入し、余った分量を各隊にお裾分けしたのが大きかった。並べられると、明らかに差がわかる。そうすると、他の中尉たちの批判が殺到するのに時間はかからなかった。
食べる者だけでなく、作り手の料理人にとっても使い勝手がよく、多彩な献立を作ることができるので、かなり好評だった。第4中隊の総料理長ガジイ(昇格させた)は、他の中隊にこぞってそれを自慢した。
ついに、ロレンツォ大尉の第二大隊すべての食糧がナンダルの商家に置き換わった。
「来月は、第1大隊の食糧ですか」
さすがのナンダルも疲れた表情を見せる。
「大丈夫か? かなり、無理をしているように見えるが」
「お陰さまで。しかし、今、頑張らないといつ頑張るのかって話です。チャンスは何度も転がってはないんでね」
「いい心がけだ。なら、頼む」
「やはり、ゴマヌエの新鮮な肉が評判いいですね」
冬は通常干し肉などが大半だが、クミン族の支配地域は冬でも活動しているゴマヌエという野獣が多く存在している。ヘーゼンの製作した魔杖のお陰で、例年よりも多くの野獣が捕獲できているので、余剰が発生しているらしい。
「これは嬉しい誤算だったな」
「しかし、本格的に人手が足りなくなってきました」
「なら、孤児院の子どもたちを雇うといい」
「子ども……ですか」
「要するに使いようだ。簡単な作業だったら子どもに任せればいい」
周辺の町が潤うことで、この地域の景気がよくなる。そうなれば、ナンダルの商家がまた儲かる。また、孤児院の中で優秀な者をスカウトすることもできる。
この地域における、好循環の条件が整いつつあった。ナンダルもヘーゼンの意図を読み取り、食い気味に頷く。
「そうですね。ヤンに鍛えられた子もいるようですし、どの作業がやれるか考えてみます。しかし、本格的な商人も数人欲しいところです」
「うーん……外部から即戦力を入れるのは危険だな。ガバタオ商会からの刺客である場合があるし。あっ、そうだ。ヤン」
ヘーゼンは書物に埋もれている黒髪少女を呼ぶ。
「なんですか?」
「ナンダルを手伝え。もちろん、この要塞にはいてもらうが、それでも事務などで貢献できるだろう?」
「ええっ! 私は師からの課題でそれどころじゃないんですけど」
「言い訳はいらない。ただ、やればいい」
「ムキー! 言い訳じゃなーい!」
と怒るが、ヘーゼンはそれをガン無視。
「帳簿関係はすべてヤンに任せればいい。ナンダルは、取引相手との交渉だけに集中すればなんとか回るだろう」
「そりゃ、助かりますが。ヤン、一人で?」
「この子は、10人分の事務など平気でこなすよ。今、知識を詰め込ませるだけ詰め込ませてるので、情報処理能力は飛躍的に向上してる」
「……にわかには信じられませんが」
「そうですよ! やれません、断固やれません」
「君の意見は聞いてない。やれるか、やれないかじゃない。やるか、やらないかだ。そして、やれ」
「……っ」
ガビーンと信じられないというような表情を浮かべるヤンを尻目に、ナンダルは話を続ける。
「あとは、護衛なんですが、いい護衛士を紹介してもらえると助かるのですが」
恐らく、ガバタオ商会の刺客が紛れ込むと言う意味だろう。確かに、そろそろナンダルにちょっかいを出していてもおかしくはない。
「護衛士か……一つ案があるが」
「なんですか?」
「クミン族を雇えないかな?」
「……なるほど。しかし、協定を結んでいることは他国にバレないようにしたいのでは?」
「支配地域の山岳地帯だけなら問題はないだろう。後は、平原地帯の護衛だが……カク・ズ。行けるか?」
「そりゃいいけど、ヤンは大丈夫なの?」
「ヤンが同行するついでに、護衛をするんだ。商隊とエダル一等兵の訪問日程を合わせればできるだろう」
ヤンがエダル一等兵(昇進した)の通訳として行動すれば、カク・ズがついて行くのは自然だ。平原地帯ならば、不意をつかれることも少ないので、カク・ズ一人だけで十分だろう。
「あとは、要塞への食糧搬入だが、こちらの商隊には軍のルートを教える」
ヘーゼンはナンダルにスケジュール表を渡す。
「これは?」
「第4中隊の訓練スケジュールだ。これに沿った形で要塞までの行程を組めば、狙われてもすぐに対処可能だ」
「……何から何まで。本当に助かります」
「もちろん、タダじゃない。カク・ズは高いぞ。僕のある意味切り札だからな」
「1小隊、いや2小隊分の報酬を準備しましょう」「食糧もな」
「もちろん。最高の料理を、腹一杯食べてもらいます」
ナンダルが答えると、カク・ズが思わず小躍りをする。よほど、干し肉だけで腹を満たすのが苦痛だったのだろう。
「後は、派閥かガバタオ商会がどう動くかですが」
「各所に罠を張っているので、上手く掛かってくれればいいが」
「……本当に、あなたを敵にしないでよかったですよ」
ナンダルはそう言って、笑った。




