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ハグ


           *


「やっと……ここまで来た」


 見習い秘書官のラスベルが商人ナンダル、商人見習いのシオン、元将軍のギザールと共にジオウルフ城に入った。


「……」


 グッタリ。墓場と言う方が相応しいのではないかと思うほど、彼らに生気も正気も感じられない。特にギザールなどは、『喋りかけてきたら雷切孔雀らいきりくじゃくで討つ』と言い残し、倒れるように眠りについた……というか倒れた。


 そんな屍同然の面々から目を背け、ラスベルは馬車の窓を開け、心地よい風を感じながら、ひとしきりの充実感を味わう。


 我ながらよくやった。この短期間で、ゴレイヌ国と同盟を結び、ゴクナ諸島の主要一派の海賊を討伐した。


 もちろん、ラスベルだけの功績ではない。ゴクナ諸島の海賊シルフィはもちろん、そこで倒れているギザール、新たにタラール族の大首長となったルカと共闘した結果残せた戦果だ。


 元々、海賊のシルフィは魅力のある親分だ。敵は旗色が悪くなると、裏切り者が多くで始めた。結果、主要の一派であったブジュノア、ペルコックは部下の反乱に遭い、捕縛された。


 予想よりも遥かに死亡者を出すことなく、シルフィはゴクナ諸島を掌握し、今は残党らを取り込むように日夜動き回っている。


 門前まで到着した時。ヘーゼンはわざわざ出迎えて来ていた。ラスベルが馬車から降りると、満面の笑顔でハグをしてくる。


「よくやってくれた」

「……っ」


 なぜか、硬直した。予想外の抱擁。しかも、結構強めに。そう言えば、父親以外にされたことなどないし、そもそもここまで接近を許したこともない。


 ヘーゼンの体温が伝わってくる。冷血人間だと思っていたが、かなりあったかいのがちょっとだけおかしかった。


「で、他の人は?」

「は、はい! 全員、馬車の中で寝てます」


 ラスベルは慌てて答える。すると、ヘーゼンはすぐさま馬車に乗り込む。


          ・・・


 数分後、先ほどまで熟睡していた面々は信じられない様子で馬車の外に立っていた。


 あらためて。


 ヘーゼンは一人一人、全員に対してハグをする。


「よくやってくれた」

「ま、まさかお前っ……こんなことするために俺たちを叩き起こしたのか?」


 ギザールがとめどない殺気を放ち雷切孔雀らいきりくじゃくを発動させようとするが、契約魔法でヘーゼンに危害を加えることができないため、震える手で鞘を持つのみとなった。


「時間が限られてるからな。どうしても感謝を示したかったという僕のわがままだ」

「わ、わがまま過ぎやしないか? せめて、俺たちが起きるまで待つとか」

「時間がないんだ。それに、馬車で寝るよりベッドで寝た方が身体も心も休まるだろう? 効率と僕なりの配慮を示した結果だ」

「……っ」


 クソ配慮。全員が瞬時にそう思った。


「ナンダルもよくやってくれた」

「い、いやそんな照れ臭い」

「……」


 やはり、この冷血魔法使いにしては、珍しい感謝の示し方であったようで、戸惑ったように苦笑いを浮かべる。そして、ナンダルの抱擁はラスベル、ギザールよりも長かった。


 ……と言うより、背中に回した手を上下左右に動かしている。


「血流が悪くなってる。長旅で骨盤も曲がってるから矯正も必要だ。神経も過敏になっていて、眠れてないだろう?」

「……っ」


 しょ、触診してる。


「ラスベル。ここを触ってみてくれ」

「えっ!?」


 そう指示して、問答無用に男の腰回りをまさぐらせる。


「ここと比べて、血流が悪いだろ? 他に10箇所あるから、2時間で特定してくれ。その間に、僕は治療の準備に入る」

「ま、魔医でもあるんですか!?」

「在学中に、資格は取得している。医療行為について、とやかく言われたくないからな」

「……っ」


 ラスベルは口をあんぐりと開ける。いったい、どうなっているんだこの魔法使いは。本当に意味がわからない。当然、帝国貴族を診療する魔医の資格は、超難関である。


「一般的に診療は診断・触診・治癒の3つに分かれる。今のは診断と触診。実際に魔力を注ぎ込むのは治癒の過程でやるので、君がやりなさい」

「や、やったことないですけど! そ、そもそも、資格なしの戦時中以外の医療行為は禁止されていて……」

「黙ってればバレないって」

「……っ」


 法に触れることを全く躊躇しない。いや、それどころか助長しようとする節さえ見られる。


「それに、今の君の立場は微妙だ。戸籍は、帝国に属しているが、ノクタール国の将官でもあるから、まあ、問題はないだろう。元々、法も変える予定だったし」

「そ、そんなに簡単に法律って変えられるんですか?」

「うん」

「……っ」


 絶対にそんなことないのに、絶対にそんなことありそうで怖い。そんなラスベルの怯えなど、毛ほども感じることなく、ヘーゼンは平然と話を進める。


「こうやって、指先に魔力を集中させて悪穴あっけに置く」


 トントンと。ヘーゼンは、一つの箇所を指で叩く。すると、ナンダルが異変を感じ取ったようで、右腕をグルグルと回し始めた。


「め、めちゃくちゃ軽い」

「通常の魔医は手のひら全体で魔力を流すが、指の先端で悪穴あっけと呼ばれる箇所に直接魔力を注ぎ込むことで、治療効果も魔力消費も格段に違う。ラスベルも覚えておきなさい」

「……っ」


 通常の魔医を超えてる。


 と言うか、めっちゃ超越してる。


 一方で、ナンダルは嬉しそうにお礼を言う。


「あ、ありがとうございます。他もやってくれるって事ですよね?」

「もちろん。他にも特製の滋養剤も作っておいたので、それで大分身体も気持ちもスッキリするはずだ」

「そ、それは嬉しい」

「これで、まだまだ働けるな?」

「……っ」


 

 


















「じゃ、次。シオン、よくやってくれた」

「ひっ……」

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