帝国将官 ルルブ
*
「ふぅ……」
また始まった、と元帝国将官のルルブ=アブはため息をついた。ケッノ、通称『尻』の頑張ってるアピール。
「遅い遅い遅い! 今何時だと思っているんだいやむしろ今何時だと思ってるんだ!」
ケッノから繰り出される怒号を、帝国将官たちは辟易しながら聞く。もはや、この男の無能は明々白々だ。
今はもう誰も相手にしていないし、相手にする余力もない。ただ、こんなクズにだけはなりたくないと、ルルブはこの男を見るたび、身を引き締める。
「いいか? イリス連合国に勝つには気合いだ。ヘーゼン元帥は約束してくだされた。戦に勝利した後の、我々の処遇を。いいか? そのためにできること。まずは、物語をまとめていこう」
「……」
いつも通り。
先んじてケッノが『お悩み、相談を聞いてやる』という立ち位置を確保する。全くもって、いつも通りの立ち位置。相談役。自分はプレーヤーではなくマネージャーだと言わんばかりの、完全なるアドバイザー。
「……えっと、具体的にはどう言うことですかね?」
「ぐ、具体的に?」
いつも物語、物語と叫ぶが、一度として具体性を帯びたことがない。
「い、いやだからいやむしろだ・か・らぁ! いい案を思い浮かべるために物語を整理するんだよ物語を!」
「……よし、始めましょうか」
パンと。
ルルブが、ケッノの発言を無視して進行を始める。
「議題は、『ジオウルフ城の防衛費捻出について』。ケッノ様は議事録頼めますか?」
「な、なんで私が議事録など……貴様爵位はいくつだいや言わなくていい私よりも下だよな圧倒的に」
「……そうですけど」
渋々答えると、ケッノはニヤァと不気味な笑みを浮かべる。
「立ち回りは考えた方がいいぞ? 帝国に凱旋帰国できた時、お前と私の爵位は、なんら変わらないのだからないやむしろ差が圧倒的に開く一方だから覚悟しておけ」
「……」
「議事録などは、お前がやれいやむしろ私はそれを監視し、添削し、追加する」
「……っ」
危険なバカだ。
*
遡ること10日前。帝国将官の生き残りレースが佳境を迎えた時。ルルブは、安堵の気持ちとともに、とめどない疑念に駆られていた。
「あ、あの! なぜ……その、ケツ……ケッノ様が残されているのですか?」
残り6名になった時、ルルブは、ヘーゼンに尋ねた。最初から疑問だった。1回目の選考も2回目の選考も、渋とく生き残っているケッノを見ながら。
しかし、そんな疑念をヘーゼンが一瞬で切り払った。
「クズだからだ」
「……っ」
即答。圧倒的即答だった。
「なので、実質的には、君たち5人が最終選考に残ったという理解でいい。研修期間が終わったから、バリバリ働いてくれ」
ヘーゼンは爽やかな笑顔で答える。
「働いている間の、衣・食・住、給金についても十分なものを保証する」
「あ、ありがとうございます!」
ルルブは深々と頭を下げた。
「っと。あと、これは君たち5人分の契約書だ」
「契約書?」
「僕は十分に働いた者には、十分な対価を得るべきだと考えている。イリス連合国に勝利した暁には約束通り接収した資産の10倍を返還。また、これまで押収した君たちの不正・痴態の証拠の一切について、目を瞑ろう」
「……」
ルルブは、渡された契約書を穴が開くほどに眺める。抜け穴がないか、何度も何度も確認した。
数十分の末に、この契約書が正当なものであると判断した。
「あ、ありがとうございます!」
「納得してくれたのなら、よかった。契約魔法に移るから」
「あ、あの……5人分と言うと……ケッノ様は」
「ん? ないよ」
!?
「あっ、えっ、で、でも……約束はして頂きましたよね」
「したね」
「でしたら、その……守るべきでは?」
「なんで?」
「……っ」
そんな純粋に尋ねられても。
ヘーゼン曰く、自分は有言実行型で曲がったことが大嫌いだと主張していた。当然、約束を破ったことなど一度としてないから、その辺は安心して欲しいと言うことだった。
アレが、嘘?
「と言うことは、約束を破るということでしょうか?」
「破ると言うか、口約束だからな。そもそも、彼とは友達でもなんでもないし、むしろ、嫌悪してるし。守るメリットも義理もないだろう?」
「……っ」
「互いに信頼関係が構築されてない口約束など守らなくて当然、いやむしろ、絶対に破るな」
「……っっ」
なんたる鬼畜。
「で、ではケッノ様は?」
「仮にイリス連合国に勝ったとしても、ある程度の生け贄は必要だと考える。帝国に帰還した後、不正・痴態の証拠を余す所なく、いやむしろ、他の将官の分も山ほど追加してぶちまけ、後はエヴィルダース皇太子に任せる」
「……っ」
*
「ほらほら! どうした! 一からお前の物語を整理して見ろいやむしろ物語を!」




