王
アウラはジオス王を観察する。あくまで初見の感想だが、ヘーゼン=ハイムが『賢王』と称するには、些か大袈裟にも思える。
「ジオス王。あなたは、イリス連合国に本当に勝てると思ってますか?」
「勝てるとは思いませんね……勝利とは勝ち取りに行くものだと、不本意ながら、そこの者から教わりました」
ジオス王は、まっすぐに見返しながら答えた。その瞳には揺らぎが一切ない。
「待ち受ける未来は、勝たなくては開けない。負ければ、滅亡。そうなれば、子々孫々に暗い日々しかもたらさない」
「詭弁だ。家臣も、国民も、兵も……いや、ノクタール国の誰もが、そんなことは望んではいなかったはずだ」
無条件降伏こそが最良の手だった。王としての責務は、国民の総意を叶えることだ。万が一にも満たない可能性に賭け、特攻を強いるのは為政者としては失格だ。
しかし、ジオス王は迷わずに首を振る。
「それは、彼らが絶望し、下を向いていたからだ。侵略に対し、黙って理不尽を受け入れることなど、誰も望んではいない。戦う力さえあれば、誰もが抗うものだ」
「……」
「王として私のやれることは一つ。彼らを前に向かせること。そして、前を向いた時に、見える景色こそが彼らの望むものだ」
「……」
その瞳に揺らぎはなかった。強い。物腰は柔らかいが、明確な意志と信念を感じた。
ジオス王が退出した後、ヘーゼンはアウラに向かって話しかける。
「いい王でしょう? レイバース皇帝に似ているでしょうか」
「……」
確かに似ている。思慮深く、他者を重んじ、よく人の意見を聞き入れ、採用する。一方で明確な意志を持ち、強者に遜ることのない気概も備えている。そう考えると、賢王の資質はあると言っていい。
そんな中、ヘーゼンが口を開く。
「私は、仕えるなら賢帝が望ましいと思ってます」
「……なんの話だ?」
「ある程度の魔力があり、そこそこ頭がよいだけの癖に、我が強く自尊心だけ無駄に高い者に仕えるのは、苦痛で仕方がない」
「……っ」
この男。
「誰のことを言っている?」
「一般論ですよ。王族というのは、その生い立ちからそうなってしまう者が多い」
「……」
明らかにエヴィルダース皇太子のことを指している。そして、言わんとしていることも、理解した。
この男は、自分を登用しようとしているのだ。
正直、ヘーゼン=ハイムの提案は、正気を疑うレベルだ。帝国の皇太子は、大陸でも有数の権力者だ。そして、皇太子陣営の私設第2秘書官は、ナンバー2のポジションだ。
それが、なぜ、こんな極小国の王に降らなければいけないのか。
「笑えない冗談だな。私は将来、皇帝になるエヴィルダース皇太子に仕えることを、自らの誇りとしている」
「なるほど。ですが、もし皇帝にならなかったら?」
「はっ。今の候補者の中に、取って代わる者がいるか?」
アウラはヘーゼンの仮定を笑い飛ばす。現時点では、エヴィルダース皇太子一択だ。次点でベルクトール皇子だが、魔力、功績、人材、あらゆる面で比較にもならない。
「仮定の話ですよ。もし、皇帝にならなかったら、あなたはあの方に仕え続けますか?」
「……」
アウラはそれには答えなかった。明確に答えは『NO』だったからだ。別に、エヴィルダース皇太子の人柄や能力に惚れ込んだ訳ではない。
皇帝に最も近い者だから、出世へ最も近い選択肢だったから選んだだけだ。
だが、それの何が悪い。
帝国における皇帝の権力は絶大だ。天空宮殿のメインストリームに躍り出ることができ、自分の為すべきことのほとんどを叶えることができる。
だが、ヘーゼンは心の奥底を覗き込むような漆黒の瞳で語りかけてくる。
「アウラ第2秘書官。あなたほどの人が、皇帝に仕えることを最終目的とするのですか? それは、酷く矮小な野心だ」
「……」
「私なら、自分が仕えるに足る者にしか仕えません。それが、皇帝ならば、なおさらだ」
「……そんな者などいない」
ジオス王など論外だ。長年、帝国に仕えてきた基盤を捨てることなどできはしない。他の皇帝候補者は全員、力が足らない。ならば、エヴィルダース皇太子で我慢するしかない。
しかし、ヘーゼンは小さく首を横に振る。
「私の言葉を覚えておいてください。いずれ、あなたの前に、皇帝に足る器を持つ者が現れるでしょうから」
「……」
しばらく沈黙が続く中、部屋の扉が開いた。
「っと、余談が過ぎましたね。こちらがシュレイという軍師です。イリス連合国をどう倒すか。この男から説明させましょう」
ヘーゼンはそう言って満面の笑顔を向けた。




