駆け引き
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エヴィルダース皇太子の私設第2秘書官、アウラ=ケロスが10日間かけてジオウルフ城に入城した。
この地は、すでにノクタール国の領地である。
既に事態は大きく動いていた。まず、ノクタール国軍がイリス連合国からジオウルフ城とダゴゼルガ城を奪還した。
わずか3日での超短期決着である。
対する周辺勢力の動きも、アウラの予測とは大いに異なっていた。まず、ノクタール国の南、ゴクナ諸島の海賊ブジュノア一派とペコルック一派がノクタール国へ侵攻した。
侵攻には常にリスクが伴う。当然、海賊たちに呼応し、西のタラール族がノクタール国を襲撃するものだと考えていた。
しかし、タラール族は、ゴクナ諸島の海賊シルフィ一派、ゴレイヌ国と結託し、ノクタール国側について、ブジョノアとペルコックを討伐した。
この3勢力は、過去に一度として繋がりがなく、突然の共闘には思わず耳を疑った。
また、ノクタール国は、この3勢力に加え、ドグマ族とも不可侵条約を結んだ。1つ1つの勢力は大きくないが、結託することで中規模の国家ほどの規模感に膨れ上がっている。
「……驚いた」
アウラはジオウルフ城を歩きながらつぶやいた。常駐している兵たちの士気は異常に高く、至るところで訓練がされている。
そんな中。
「お気に召していただきましたか?」
「……ヘーゼン=ハイム」
突然、気配もなく現れた黒髪の青年に、アウラは警戒心を抱きながらつぶやく。
「あなたが来ていると聞いて、驚きましたよ」
「気になれば、可能な限り自身の目で確認するようにしている」
「素晴らしいですな」
「……」
下手をすれば、ここで即戦闘行為になってもおかしくはない。
エヴィルダース皇太子は、すぐにノクタール国の同盟関係を解除するよう指示した。これによって、帝国側の将官たちは、ノクタール国の帰属か、帝国への帰属かに迫られる。
結果としてヘーゼン=ハイムも含む全員が、ノクタール国の帰属を選択した。
確かに帝国へと帰還すれば、エヴィルダース皇太子によって糾弾の的にされ、死罪はおろか領地も没収になるだろう。
当然と言えば、当然の選択だが……
アウラは目の前にいる曲者に尋ねる。
「どう言うつもりだ? 本気でノクタール国に寝返ったとでも?」
「いえ。私は今でも、帝国将官のつもりでいますよ」
「バカな。そんなもの、エヴィルダース皇太子が許すはずがない」
「クク……」
「……」
ヘーゼンが笑う。
すべてを見通したような、漆黒の瞳。
たが、それはハッタリだ。
そんな人間などいるはずもない。
「近いうち、貴殿らの領地の没収が始まるだろう。もう、後悔しても遅いぞ」
「なんの罪でですか?」
「とぼけるな。ノクタール国の暴走を止められなかったではないか」
「暴走? いえ。私たちはキチンとした戦略に基づいて、イリス連合国に宣戦布告を行ったんですよ」
「ふざけるな。ジオウルフ城を奪った功績は確かにでかい。しかし、所詮は多勢に無勢。長期的にイリス連合国に勝てる道はない」
「確かに長期的には無理でしょう」
「……」
含みのある言い方をするが、これもハッタリだろう。短期的にイリス連合国を滅ぼすことなど不可能だ。これだけの強国を滅ぼすためには、帝国が総力を上げたとしても10年は掛かる。
「ところで、皇帝陛下にはどう説明されるおつもりですか?」
「そんなものは、こちらで決めることだ。ノクタール国の所属である貴殿に説明する義務はない」
「そうですか。しかし、誤解されるのもつまらないので、こちらから報告しておきましょうか?」
「……」
アウラは内心で舌打ちをする。皇帝へのパイプはなにもエヴィルダース皇太子だけではない。厄介なことに、ヘーゼン=ハイムは、皇帝の側近中の側近ドネア家当主ヴォルトと深い繋がりがある。
仮にエヴィルダース皇太子の報告内容と違った時に、結果次第では致命的な傷を負う。
「我々は確固たる戦略を持ち、イリス連合国を滅ぼすつもりです。エヴィルダース皇太子にも是非そうお伝えください」
「意味がわからないな。なぜ、極小国の将官風情の言葉などを伝える必要がある?」
アウラがそう吐き捨てると、ヘーゼンは笑いながら答えた。
「保険ですよ」
「保険?」
「ええ。アウラ第2秘書官。あなたは、万が一の確認に来たのでしょう? ならば、リスクには備えた方がいい」
「……」
アウラが黙ったまま沈黙していると、ヘーゼンは綺麗すぎる笑顔でつぶやいた。
「お見せしますよ。現状の我々の内情を」




