ガバダオ商会 ウダイ(2)
どうやら、このウダイと言う商人は、ロレンツォ大尉やモスピッツァ中尉に口利きを頼む気だったらしい。
「アテが外れたな。このヘーゼン少尉と言う男は、上官の命令は聞かない」
ロレンツォ大尉が苦笑いを浮かべて答える。
「そんなことはありません。上意下達。軍人ですので、当然心得ております」
「しかし、私が指示しても変えないだろう?」
「納得するようなご指示であれば、従います」
「ほらな。なにかと面倒なのだこの男は」
と至極失礼な物言いをしてくる。しかし、この人の人柄だろうか、あまり不快には思わない。
そして、決して大っぴらにはしていないが、ロレンツォ大尉自体も、あまりこのウダイという商人にいい感情は抱いていないようだ。温厚な上官は、作り笑顔を返しながら口を開く。
「それに君はモスピッツァ中尉と懇意にしていたようだが、私とはあまり付き合いがなかった。そうすると、特別に君を推す理由もない」
あっ、おおっぴらにした。ヘーゼンはクスリと笑う。自分を蔑ろにされたと言うより、時間の無駄だから早く切り上げたいという思惑だろうが。
しかし、ウダイはそんな陽動に見事に引っ掛かり、狼狽える。
「そ、そんな……ロレンツォ大尉。誤解です。たまたま機会がなかっただけで」
「まあ、個別の中隊予算の話だ。そう、めくじらを立てるな。それぐらいなら上層部もなにも言わんだろう」
「……はぁ」
明らかに警戒心を出すウダイだったが、商感で言えば、その読みは間違ってもない。ヘーゼンは、食糧を足がかりにして、様々な物資をナンダルのところに変える気である。
独占的な商売は、利益を独り占めし易い。そこに、競合相手がいないからである。上層部と癒着があるのなら、なおさらだ。
軍の予算と言うのは、個人のものではない。だから、特別に値切ったり効率よく購入しようと言う意思は薄くなる。あるのは、上層部のコネで、品質などの要求もそこまで高くはない。
要するに、ヘーゼンは彼らの独占を崩し、物資を安く仕入れたいのだ。
「……ロレンツォ大尉。あの、本当によろしいのですね?」
ウダイがそう口にする。
「よろしいもなにも。中隊予算の使用先は中隊で決めるのが慣わしだ。そして、私はヘーゼン少尉の判断を信頼している」
「……わかりました。では、失礼します」
「あれ? この後、モスピッツァ中尉に会われるのでは?」
「少尉堕ちなさったのでしょ? であれば、不要です」
先ほどの笑顔が嘘だったかのように、ウダイは硬い表情を浮かべて去って行った。ロレンツォ大尉が呆れ顔でため息をつく。
「あれは……大分旨い汁を吸っていたな」
「モスピッツァ中尉ですからね。まあ、しかし今ので決めました。食糧だけでなく、他の物資すべてをガバタオ商会でなく、ナンダルに任せます」
「おいおい。あんまり派手に行動してくれるなよ。先ほど、ウダイも言っていたが、ガバタオ商会は上層部と懇意にしているんだ。藪蛇をつつくのも面白くあるまい」
「一応、調べました。これが、上層部でガバタオ商会と深く繋がっている面々です」
ヘーゼンはリストを手渡す。
「お、恐ろしい男だな。この短期間で」
「物事を成すためには、あらゆる情報を把握しておかなければなりません。決して、短期間ではなく着任から調査してました」
「……それが恐ろしいと言っているのだがな……しかし、これは」
ロレンツォ大尉がリストを見ながらつぶやく。
「ガバタオ商会と繋がっているのは、ケネック中佐、ショモカック少佐、キマルド少佐、ゴンダルド少佐、シマント少佐、ランダル大尉、ゴラッド大尉、マカドール大尉、デルカット大尉、マクバマル大尉、ブィゼ大尉、マカザルー大尉……中尉以下は省きますが、こんな所です」
「……」
「わかりますか? 明らかに、癒着している派閥が偏っているんです」
現時点での派閥は2つ。ジルバ大佐、シマント少佐、そしてロレンツォ大尉らが中心の派閥。長である大佐はいるが、実質的には対立派閥のケネック中佐陣営が取り仕切っている。
シマント少佐以外の人材は、すべてケネック中佐の派閥がガバダオ商会と繋がっているのだ。シマント少佐は、いわばジルバ大佐の派閥情報を吸い上げるための癒着だろうと推測する。
「ガバタオ商会は明らかに、ケネック中佐を大佐の地位に押し上げようとしている。それに対抗するには、対立する商人の存在が不可欠です」
「それが、ナンダルという商人だと?」
「私はそう見ています。ナンダルは現在、クミン族との交易も独占的に行なっている。いずれ、ガバタオ商会を食い荒らすでしょう」
長年、ここはガバタオ商会の一人勝ちだった。しかし、それは軍部との癒着を生み出し、果ては商会が軍部の長に影響力を持ち始めている。この状況は、健全とは言えないとヘーゼンは説く。
現に癒着を繋がりとして、長であるジルバ大佐以上の勢力をケネック中佐は持っている。少佐、大尉などほぼ8割を掌握している。
「……なるほど。君の言うことは、わかった。ジルバ大佐にお伝えしておこう。あと、一つ聞く」
「なんですか?」
「君は、こちらの派閥につく。そう取っても、いいのかな?」
「私はどちらの派閥にもつきません。帝国軍人として、軍規に基づき適宜、正しい方につきます」
「ふっ……なぜかな。君が言うともっもとらしいのに、なぜか酷く嘘くさく、バカバカしく聞こえる」
ロレンツォ大尉は笑いながら、ヘーゼンに退出を促した。




