入城
ノクタール国は、ジオウルフ城に入城した。すぐさま、ヘーゼンは城の内部に罠がないかを確認させた。しかし、どこにもそんな様子はなく、制圧も難なく行われた。
兵たちはすでに浮き足たち、お祭り騒ぎだった。しかし、無理もない。兵数12万。将軍3人に軍長15人の圧倒的な戦力差にも関わらず、勝つことができたのだから。
陽が落ちて、勝利の宴が開始された。兵たちは、完全にハイになっていて、食べて、飲んで、踊ってドンチャン騒ぎだ。
「おい! おいおいおいおい! 信じられねぇ! 勝っちまったよ……信じられねぇ」
酔っ払ったジミッド中将は喜びよりも、驚きが勝るようだった。現実を確かめるように、何度も何度も『信じられねぇ』を連呼する。
帝国将官のギボルグも、ノクタール国の将校たちも全員が半信半疑の様子だったが、やはり、勝利の余韻に浸っており、兵と同様に酒を交わす。
一方で。
「あー。楽しそうだな……なんだって、俺は今日警備なんだろう」
楽しそうな声とは裏腹に、警備の番であった兵の1人が、ため息をつきながらつぶやく。
その時。
「そう言うな。君たちのような者がいるから、彼らも心置きなく楽しめているんだ」
「へ、へ、ヘーゼン元帥!」
声をかけられた兵は、その場で姿勢を正し直立する。周囲の兵たちも気づいたようで、すぐさま、現場の責任者だったグラビ少佐が駆け寄ってくる。
「な、なぜこのようなところに!?」
「同じだよ。敵軍が奇襲をかけてこないとも限らない。城の視察も含めて、歩いている」
「……そ、そんな。最大の功労者は、ヘーゼン元帥ではないですか!? どうぞ、宴に参加なさってください」
「功労者かどうかなんて関係ない。君たちだって、同じだ。非常にいい働きをしてくれている」
「……」
「ちなみに、今晩の給金は倍を出す。みんなにも、そう伝えてくれ」
「い、いいんですか!?」
「ああ。また、この戦の褒賞も、前のロギアント城以上に出すから期待していてくれ」
「はっ! ありがとうございます」
グラビ少佐が嬉しそうに頭を下げる。
それからヘーゼンが城郭を回っていると、ドグマ大将がやってきた。
「ここにいたのか」
「なにか用事ですか?」
「ああ。重大な用だ」
老人は、いつになく厳しい表情をしている。
「聞きましょう」
「このジオウルフ城奪取における、最大の功労者と酒を交わしてなかった」
「……はぁ」
ヘーゼンは、イタズラ坊主のような表情を浮かべたドグマ大将に、大きくため息をつく。
「驚かさないでください」
「ははっ! 驚いたのか? そりゃ、痛快だな」
持っていた酒を渡しながら、老人は機嫌が良さそうに笑う。
「まあ、少しくらい羽目を外したっていいだろう。近隣で敵の気配があるという報告もない。ダゴゼルガ城からの援軍も撤退した。さすがに今晩、敵襲に遭うことはあるまい」
「……」
「それとも、なにか懸念があるのか?」
ヘーゼンは数秒ほど沈黙したが、やがて、口を開く。
「ドグマ大将にだけ言います。この撤退は正直言って痛手です」
「……どう言うことだ?」
「できれば今日、勝負を決めたかったんです。相手の兵と将校を可能な限り削った上で」
「……」
「相手は、恥も外聞も捨てて温存する策に出ました。これは、イリス連合国を倒すという目標において、大きな打撃だ」
「……珍しいな。ヘーゼン元帥が読み違えるなんて」
「そうですか? 結構、読みは外してますよ」
敵の動きを完全に操作することなどできはしない。もちろん対策は打ってあるが、功を奏すかどうかはまだ先の話だ。
「総じて、イリス連合国の将軍のレベルは高い。次の戦では一城での戦いという訳にもいかないでしょう」
「……」
ノクタール国が、ヘーゼン一強なのは間違いない。だが、今後の戦はそうも言ってられなくなる。
「必要なのは、やはり人材か」
「ええ。新たな人 芽吹きがなければ、多面的な攻勢に耐えられそうもない」
「……っと、そんな暗い話で誤魔化されないぞ。ほら、酒を飲め酒を」
「……はぁ」
酔っ払ったドグマ大将が、思い出したかのように酒を勧め、ヘーゼンは再び大きなため息をついた。




