戦略
「伝書鳩ですか。なにか待っていた頼りがあるんですか?」
「ん? いや、ジオウルフ城から飛ばしてきてたから全て捕獲してきた」
!?
ゴメス中佐は絶句した。
「えっ……と。申し訳ないです。ちょっとよく意味がわからないんですけど」
軍の伝書鳩なんて、そう簡単に捕まえられるものではない。いや、普段から複雑なルートを飛翔するように仕込まれているので、不可能に近い。
「焦って短期の間に大量に飛ばしたからだろう。ルートが甘かった。これだけわかりやすかったら、『捕まえてくれ』と言っているようなものだ」
「はがっ……」
そんな訳、ないじゃん。
そもそも、伝書鳩を捕まえるなど、聞いたこともない……しかし、ヘーゼンならば、やるだろうなと、心のどこかで思ってしまう。
「ち、ちなみにどうやって?」
「伝書鳩捕獲用の魔杖は、学院の頃に開発済みだ。情報戦に勝つことが戦争を優位に進めるコツだからな」
「……っ」
異常異常異常。学生時代から、そんな不穏なことを考えていたのか。一方、その頃のゴメス中佐は好きな子に告る告らないの真っ最中(結局、告らず)
学生時代って、思春期の甘酸っぱい思い出を語るターンだと、この瞬間まではそう思っていた。
「そ、それで、なにが書かれていたのですか?」
「増援要請だな。とうとう盟主のシガー王をすっ飛ばして直談判をしている」
「そ、それは非常にまずいのでは?」
ノクタール国軍の兵は目の前にある戦いにしか集中していない。仮に他から増援が来れば、流れが一気に持っていかれる危険もある。
しかし、ヘーゼンは明確に首を横に振った。
「逆だよ。援軍要請をしているということは、『援軍が来ない』ということを示している。この状況であれば、かなり追い詰められていると言っていい」
「……なるほど。それで、ヘーゼン元帥はなにをなさるおつもりなのですか?」
「すぐに返す」
ヘーゼンは、サラサラっと書いて
*
『援軍は来ない。抵抗をせず、降伏せよ』
ヘーゼン=ハイム
*
「……っ」
なにこれ超怖い、とゴメス中佐は思った。
「差し出した伝書鳩に対して、すべてこの言葉で返す。そうすれば、彼らは疑心暗鬼になって籠城という選択肢を捨てるかもしれない」
「……」
実際、ノクタール国にもダゴゼルガ城から援軍に来ているという報が入った。ヘーゼンは恐らく援軍が到着するまでに決着をつける腹づもりなのだろう。
「目的は敵の意思系統を混乱させることだ。ジオウルフ城に入ってくる伝書鳩は止められないが、その報ですらこちらが操作したと思わせることさえできれば、『籠城をしない』という選択肢を取る可能性は高い」
「……その選択肢を取らない場合は?」
「あるな。ただ、より優位になる可能性があるなら取っていて損はないだろう」
「……」
「要するに、可能性の問題だ。より勝利に近づく手段があれば、それに向けてやれることはやるだろう? 誰でもやっていることだから、別に驚くことはない」
「……」
誰でもやっていることだという認識が、ものすごく恐ろしい。
「しかし、可能性はあくまで可能性。変わらず籠城を仕掛ける場合もあるし、別の可能性もある」
「別の可能性?」
「敵がこちらにとって不利な選択を取る場合だ」
「ふ、不利な選択? 籠城『する』か『しない』か。それ以外になにか選択肢があるんですか?」
「……相手が自分の想定よりも有能な場合はそうだな」
「……」
「なので、そのためにこちらもやれる手を打たなくてはいけない。ゴメス中佐、これから少し頼むことがある」
「は、はい! わかりました」
「……さて、どう出るかな」
ヘーゼンがボソッとつぶやいた。
3日目。イリス連合国は退却し、ジオウルフ城を放棄した。




