包囲(2)
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罠にはめた。四方に配備されたイリス連合国の軍長たちは内心ほくそ笑んだ。ヘーゼンが率いる軍の機動を見事に止め、騎兵たちは大地の揺れで動けない。
各隊の前線に配備されているのは、全員が魔法使いたちだ。通常の戦闘は、魔法の使えない不能者の兵たちが前線に出るが、今回は逆の布陣を取った。
しかし、ここからだ。
どの軍長にも油断は微塵もない。文字通り大将軍級の気構えで、淀みない指示をする。
一方で。ヘーゼンは瞬時に円形の魔杖を手に収める。そのあまりのスムーズさに、危うく見逃しそうになるほど自然な動きだ。
「火竜咆哮」
それは、まるで竜が放ったブレスのようだった。円輪が飛翔した瞬間、炎が巻き起こる。
だが。
幾十人の魔法使いが風信備を張る。周囲に風の幕を張り巡らせる集団魔法である。
火竜咆哮ほど強力な魔法は、とてもではないが真正面から止められはしない。だが、その方向をそらすことならできると読んだ。
放った炎の円輪は軌道を外され、イリス連合国の兵たちの上空を飛翔した。その高温で、大気に蒸気が溢れ大量の霧が発生する。
「よし!」
ダリオ軍長が思わずガッツポーズを繰り出す。ヘーゼンの攻撃系魔法のうち、2つを完全に無効化した。残りはあの恐るべき横列範囲の斬撃だが、アレには膨大の溜めが必要だと報告を受けている。
当然、その間を与える訳がない。
「放て!」
さらに、幾十人の魔法使いたちが四方から魔法を繰り出す。
剛火ノ弾。
集団魔法の攻撃版である。ある程度の練度を備えた魔法使いたちの集団が放つそれは、非常に強力な威力を持つ。
すぐさま、氷雹障壁が反応し、瞬時に大気中の蒸気を凍らせ防ぐが、相当な炎の規模なので、巨大な氷柱が一瞬にして溶けて蒸気と化す。
「はぁ……はぁ……放て放て放てええええっ!」
ベラン軍長が大量の汗をかきながらも叫ぶ。熱い。舞い上がった蒸気が相当な量になって、この一帯で、まるで天然サウナにでも入っているかのような状態になる。
だが、ヘーゼンの周囲も同じような状態になっているはずだ。そして、この大量に発生した霧はイリス連合国にとって優位に働く。
馬たちは視界が見えず、怖がって前進することができない。その場で立ち往生させることで、このままこちらの攻撃だけを浴びせ続ける。
「ぐはははははっ! ぜぇ……ぜぇ……所詮は多勢に無勢。どんどん剛火ノ弾を食らわせてやれぇ! そら、餓狼ノ鎖!」
第2軍軍長のでユウラジ軍長が自身でも魔法を放ちながら喜び叫ぶ。放たれた鎖は、ことごとく氷柱を両断し、ヘーゼンの魔力を奪っていく。
「はぁ……はぁ……油断するな!」
沸き起こる熱気の中、ダリオ軍長もまた、蟲飫毒で大量の蟲をヘーゼンに向かって放つ。
いくらなんでも、この膨大な炎の弾を溶かしながら、これだけ小さな蟲を余さずに凍らせられ続ける訳がない。
「……っ」
しかし、氷の柱はそれでも次々と発生して、ことごとく攻撃を防いでいく。4人の軍長は、同じ魔法使いとして驚愕を隠せない。
なんという。
なんという際限のない魔力。
「ぜぇ……ぜぇ……だがっ!」
大将軍ならば当然だ。
ここからが、勝負だ。
魔法力を枯渇させる。枯渇できないのなら、間隙をつく……そして、間隙をつけないのなら……
止められないほどの、強大な一撃を放つ。
「ベラン軍長!」
「よし! 大炎豪爆」
炎属性の魔杖を持つ魔法使いたちが一斉に、剛火ノ弾を放つ。それを、ベラン軍長が集約して更なる巨大な炎にして放つ。
彼の魔杖は集約型と呼ばれている。同属性の魔法を更に集約して更なる威力を叩き出す。その威力は、二等級の魔杖をも凌ぐ。
巨大な豪火はヘーゼンの元へ向かい、ベラン軍長は着弾時に叫ぶ。
「発!」
瞬間、その場で小規模の爆発が巻き起こる。氷雹障壁の氷柱はすでに発生せずに、その場は爆炎に包まれた。
「やった……やったぞ……ヘーゼン=ハイム打ち取っ……」
その時。
嬉々として叫んでいたユウラジ軍長の言葉が止まった。
「……手が凍っている」




