包囲
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2日目。ジオウルフ城のラムダム平原には、大粒の雨が降り注いでいた。
ヘーゼンの隊は偃月の陣を敷く。大将が自ら先頭となって敵に切り込む超攻撃的な陣だ。帝国将官のギボルグを副官にし、両翼はドグマ大将の隊とジミッド中将、ゴメス中佐の隊が脇を固める。
イリス連合国もまた、すでに隊を再編していた。将軍2名の脇に、側には軍長たちが控えている。前よりも、防衛が厚い。
「……」
瞬時にヘーゼンは幾数百の戦術を思い浮かべ、それぞれの最適解を模索する。無数に選択肢が枝分かれするそれは、勝利への細い細い道筋を見出す。
「前進」
数分後、ヘーゼンは淡々とした表情で馬を走らせる。3千の軍で機動の一番早い者たちを揃えた。帝国将官のギボルグは、すぐさま自身の魔杖を掲げる。
攻速ノ信。
能力強化型の魔法である。広範囲の味方に対し、筋力強化と速度強化。この魔法の効果により騎兵たちは、より速く前進をする。
狙うのは、イリス連合国の第2軍ユウラジ軍長の首。猛然と一点を目指して突っ込んで行く。
敵軍との距離が徐々に近くなってきて、やがて長距離と呼ばれる間合いにまで入る。瞬間、イリス連合国の魔法使いたちが五月雨のように魔法弾を放ってくる。
標的はヘーゼン=ハイムに目掛けてのみ。
他の兵たちには目もくれず一点集中の攻撃だ。恐らく、魔力の枯渇を狙っているのだろう。他の兵たちへの備えもしてきたが、それはそれで都合がいい。
全弾を無常に撃ち落とすのは、次々と発生する氷柱だった。
氷雹障壁。瞬時に大気中の水蒸気を凍らせ、自動で防壁を張る魔杖である。
やがて、第2軍が見えてきた。軍長の姿が視認できるようになってきた。相手も勇猛な軍人だ。こちらの目論見通り前線へと配備している。
「餓狼ノ鎖!」
ユウラジ軍長は、鎖鎌のような魔杖を投げてくる。その鎖は不規則に飛んできて氷柱を絡めてバラバラにする。
「……」
ただの鎖じゃない。氷雹障壁の氷から、魔力が削ぎ落とされるのを感じた。
あまり長く生かして置きたくないタイプだ。
ヘーゼンはすぐさま左手の魔杖に別の魔杖を持ち、まるで、なにかを射るかのように構える。
「光白燕雨」
唱えた瞬間、一斉に光の矢が弾け飛ぶ。
数百以上の矢は不規則な軌道でユウラジ軍長に襲いかかる。
だが。
「「「「岩壁ノ備」」」」
瞬時に大きな土壁が発生して、光の矢を次々と阻んだ。目の前には、数十の魔法使いたちが土属性の魔杖を構えていた。
集団魔法。低等級の宝珠である質の悪い魔杖でも、属性を合わせれば、強力な効果を発揮する。潤沢な魔杖と魔法使いのいる大国の常套手段である。
「大地激震!」
ヘーゼンの側面方向で、地面に向かって大槌のような魔杖を振るう軍長がいた。瞬間、大地がグラグラと揺れて、騎兵の足が止まる。
「……」
震度は6ほどか。範囲はそこまで広くはないが、少なくともヘーゼンが率いていた軍は確実に足を止められた。
そして、逆方向から無数の蟲たちがヘーゼンに向かって集まっていく。氷雹障壁の氷柱が発動し、蟲たちを氷漬けにしていく。
蟲飫毒。
ダレオ軍長が用いる笛のような魔杖の効果だ。魔法で造り出した即死性の毒を持つ蟲を無数に放つことのできる。
「……」
攻撃範囲が広いので、氷雹障壁の魔力消費が大きい。
ヘーゼンは手のひらに奇扇ノ理を納める。形状が扇形の魔杖で、相手の魔杖の効果をはね返す魔杖である。相手の攻撃が強力であればあるほど、この魔杖は効果を発揮する。
蟲飫毒で発生した無数の蟲を瞬時にダレオ軍長へと向かわせる。
だが。
「「「「火炎ノ備」」」」
瞬時に大炎が発生して、蟲たちを瞬時に焼き尽くす。目の前には、数十の魔法使いたちが炎の魔杖を構えていた。
「……」
軍長の脇に、集団魔法を放てる魔法使いたちがいる。各々の軍長の前に、それぞれ配備していると見ていい。
その時、隣に帝国将官のギボルグが寄ってきた。
「ヘーゼン元帥……囲まれました」




