アウラ
「このクソ豚の尻拭いで心苦しいが、以降の仕切りをせよ」
「はっ」
エヴィルダース皇太子の言葉に、第2私設秘書官のアウラは片膝をついて頭を下げる。
「あえぐっ……あひぐひょあぇ! あぇ! あぇ! あぇ! あぐぇぇえ! あぐひょぇええええええええん! あえええええええっ……ええええええええええええええ!」
「……」
アウラは、膝を崩して絶望に咽び泣くブギョーナを見つめながら深くため息をつく。
以前は、これほどまでに無能ではなかった。
ブギョーナは、確かに名門貴族枠だ。能力と言うよりは、その血筋と人脈を買われてエヴィルダース皇太子派閥へと取り込まれた。
だが、能力も低くはなかった。むしろ、積極的に時勢と雰囲気を読み、人材の確保に動き、派閥拡大を推進した功労者であったと言っていい。
完全に壊された。
手痛い失敗を食らわされたブギョーナは、エヴィルダース皇太子の執拗な嫌味と拷問により正常な判断力を失った。
更なる失敗をすることを恐れて、極端に行動ができない状態に陥ったのだろう。事実から目を逸らし、ただ、イタズラに時間が過ぎ去りながら叱責から逃げようとした。
エヴィルダース皇太子も信頼をしてある程度重要な仕事を任せていたのだが、この失態でもう終わりだ。
後の利用価値は置き物としてだけ。
「すぐに各派閥の動向を確認させろ」
「はっ」
エヴィルダース皇太子の邸宅を退出した後、アウラは歩きながら部下に指示を送る。予測だが、すでに情報は掴んでいて、どう行動をしようか探っている段階だと見ていい。
イリス連合国への宣戦布告など、狂気の沙汰だ。どの派閥も、エヴィルダース皇太子派閥の意図が読めかねているに違いない。
逆にこちらが提供する情報が非常に重要になる。今後の動きと照らし合わせて、この尻拭いをどう収拾するかを考える。
「ノクタール国の暴挙と一概にまとめるには、帝国将官を大量に送りすぎている。ここの弁明は難しいな」
独り言をつぶやきながら、トントントンと膝を指で叩く。エヴィルダース皇太子の采配が誤っていたことになると、それこそ人事局の長たる権限を皇帝から取り上げられかねない。
「……」
しかし、ヘーゼン=ハイムの思惑が読めない。他の帝国将官たちはともかく、こんな負け戦を止められないほど軟弱者にも見えなかった。
「……勝つ目があるのか」
いや、まさか。この圧倒的な国力の差で、戦を勝利に導くことなど、どう考えたってできはしない。短期的にも、中期的にも、長期的にも勝ち目がない。
確かに、一人で戦況を覆せる魔法使いは存在する。だが、イリス連合国には大将軍グライドがいる。その武名は数十年に渡り響き渡り、大陸の誰もが衝突を恐れるほどだ。
強大な国力に加え、そんな怪物にも勝たなければいけないなどあり得ない。それこそ、軍神ミ・シル並みだ。
「それとも……自ら勧めた?」
アウラはつぶやき、すぐさま首を振る。現実的ではない。20歳前後の青年が、そんな荒唐無稽な自惚れを犯すなどあり得るか。
最近、就任した新王の暴挙だと見る方が自然だ。
「……」
だが。アウラにはどうにも気にかかっている。ヘーゼン=ハイムという男に。この混沌とした状況の中、誰もが推測することもできず、まったくと言っていいほど動けていない状況に。
「よし」
「……っ」
アウラは、すぐさま馬車に乗り、自身の館へと向かう。その様子に、側にいた筆頭執事が驚いた。アウラは分単位でスケジュールを管理しているので、予定外の行動を取るのは非常に珍しい。
「あ、あの……どちらへ?」
執事が尋ねると、アウラは淡々とした表情で答える。
「ノクタール国へ向かう」




