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夜(2)


          *


 夜。イリス連合国軍の城。軍務室は、かつてないほどの静寂に包まれていた。将軍も軍長たちも皆、誰も口を開かず厳しい表情で黙っている。


 そんな中、マスカカ軍長が震えながら報告を行う。


「イリス連合国軍戦死者3万、負傷者4万。クド=ベル将軍、ザルヲス軍長、レンラク軍長、マクシオ軍長、バナクラス軍長、ゴマク軍長、ザラオス軍長が戦死。対して、ノクタール国の戦死者は2千、負傷者3千あまり」


 イリス連合国の将校たちは全員、信じられないような表情を浮かべた。圧倒的な戦力差にも関わらず、ことごとく劣勢に立たされている。


 あり得ない。


 当初、弱小国の宣戦布告と聞いて、誰もが鼻で笑っていた。奇跡的な勝利に酔いしれ、バカ王が調子に乗ったのだろう。血迷った未に、こんな無謀な判断を下したのだとしか思えなかった。


 しかし。


「これほどとは……ヘーゼン=ハイム」


 カザック軍長がボソリとつぶやいた。先の戦では、どこか敗将の負け惜しみに聞こえた。だが、違った。いや……彼らの言葉では足りないくらいの化け物だった。


「まるで、グライド将軍のよう……いや、それいじょー」

「おい!」

「す、すまない」


 不穏な言葉を吐きかけたマチュル軍長を、ゾナスワン軍長が制止する。イリス連合国の守護神であるグライド将軍を、ポッと出の魔法使いが超えることなど、認めてすらならないことだ。


「……グライド将軍は?」


 ミュサベル将軍が、副官のヨルコエ軍長に尋ねる。


「それが……諸王会議の許可が降りずに、未だクゼアニア領土に入ってこられません」

「はぁ……くそったれの首脳陣め!」


 腹立ち紛れに椅子を思いきり蹴る。盟主がシガー王に変わってからと言うもの、所々で連携の悪さが見られた。今回は如実にその点が露呈した形だ。


 そんな中、ラグドン将軍はボソッとつぶやく。


「……いや。これは、偶然だろうか。ガダール要塞、ロギアント城、ジオウルフ城、ダゴゼルガ城。クゼアニア国の領土ばかりが侵略されている」

「た、確かに」

「……」


 不審には思っていた。なぜ、この城を侵攻先に選んだのかと。攻めるには地理的にも周囲の関係からも難しいし、何よりも堅固だ。この時点で、愚かな判断だと皆が断じていたのだが。


 盟主シガー王と諸王の、微妙な関係性を突いてきているのか。


 そう考えた瞬間、背中にゾワっとした悪寒を感じた。報告を聞くと、ヘーゼン=ハイムは20歳前後の若い青年だったという。


 保守的なドグマ大将はこんな手は取らない。とすれば、この男が軍略も指揮している可能性が高い。


「……っ」


 規格外過ぎる(意味がわからない)。人は相手を比較する時、誰しもが自分をまず思い浮かべる。40歳を超えたラグトン将軍も同じだ。当時は下積みの小隊長で、当時1つの小隊をまとめるのすら苦労していた。


 こうして軍のトップとして戦場を駆け回り、かつ、獰猛で緻密な軍略を晒してくるなんて、夢想することすら及ばない。


「……だから言ったんです。怪物中の怪物だと」


 恨みがましげに、クドカン軍長がつぶやく。この男は、ロギアント城を奪還された時に敗走した将である。


「い、今はそんなことを言っても仕方がないだろう!」


 ユウラジ軍長は、バツの悪そうな表情を浮かべ、怒鳴る。彼は、敗走したクド=ベル将軍や軍長たちを激しくこき下ろした。


 険悪な雰囲気があたりを包む中、ラグトン将軍が口を開く。


「確かに我々には驕りがあった。そして、ヘーゼン=ハイムに対する侮りも。だが、明日からはそれは一切ない。高過ぎる授業料ではあったが……まだ、遅くはない」


 クド=ベル将軍は紛れもなく名将だった。他の軍長たちもまた。しかし、イリス連合国には有能な人材は多数いる。地力では勝っているのだから、こちらが負ける道理はない。


「今日及び過去の戦闘を分析し、ヘーゼン=ハイムの対策を立てるぞ。長期戦にさえすれば、グライド将軍も間に合うだろう」


「「「「「「はっ!」」」」」


 イリス連合国の将校たちは、皆一丸となって返事をした。

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