選択
瞬間、地中から死兵たちが次々と出現する。その数は、数千にも及ぶ。魔杖、『夜叉累々』は、死者の血と土の混合物から錬成する魔法だ。
先ほど切り刻まれた胴体もろとも、土に吸収され人間大の死兵が精製される。
「行け」
そうつぶやいて指を差し、ラグドン将軍、クドカン軍長、ザオラス軍長の3人を一斉に襲わせる。形勢は完全に逆転し、今度はこちらが彼らを取り囲む。
「うっわああああああああああっ!」
大量の死兵がザオラス軍長を捕まえた。
「斬風ノ舞」
「……」
瞬時にラグドン将軍は、魔杖を発動させ、即座に大量の死兵を切り刻む。広範囲だが威力も申し分ない。ヘーゼンは、すぐに死兵の標的を一点に絞った。
死兵たちの骸を踏みながら、さらに大量の死兵がザオラス軍長の下へと進み、群がり、包んでいく。ワラワラワラワラ。ワラワラワラワラと。圧倒的な数の暴力で取り囲む。
「た、助け……」
「くっ! すまない」
ラグドン将軍は、逆方向に斬風ノ舞を放ち、クドカン軍長とともに、この場からの逃走を計る。
「……」
強い。冷静に戦況を測り、打開する力を持っている。可能であれば、3人とも狩りたかったが仕方がない。
最も狩りたかった者は狩れた。
土属性魔法を打ち消す魔杖、土縛禁法。これが常に敵軍にある状態は辛い。
夜叉累々は、兵の少ないノクタール軍の肝となる魔法だ。ヘーゼンは、単独での戦果だけでは許されない。
絶えずイリス連合国軍の兵たちを蹂躙していかなくては勝機がないのだ。
ミ・シルが味方を勝利に導く軍神ならば。
ヘーゼン=ハイムは敵を地獄へと誘う冥王でいなければならない。
「はぁ……はぁ……」
間髪入れずに、ヘーゼンは大量の死兵を第8軍の方に移動させる。その数は5千。ほぼ同数の兵たちをぶつける。
だが、死兵は強くはない。一般の兵士と同等かそれ以下だ。同数ということは、こちらが不利になるので、もう一策を何か講じなければいけない。
そんな中、帝国将官のギボルグ=ガイナ率いる軍が横槍を入れる。第8軍の兵たちは、たちまち混乱状態に陥る。
「ヘーゼン元帥!」
「いいタイミングだ」
ニヤリと笑いながら馬で近づいてきた帝国将官を讃える。
「これまでの時間を無駄にしたな。やはり、君は内政官よりも軍人が向いている」
「き、嫌いなんですよ戦場は。いつまでも、前線になどいたくはない」
「そうか? 内政官としての無能ぶりが嘘のように輝いているぞ」
「……私はそっち畑の方が性にあってるのです!」
ギボルグは投げやりに叫び、鎚のような魔杖を高々と掲げる。
「攻速ノ信」
能力強化型の魔法である。広範囲の味方に対し、筋力強化と速度強化。この魔法の効果により、第8軍の兵たちは、より力強く、速く敵陣へと斬り込む。
ドグマ中将の地界勇漲は防御向上だが、ギボルグのそれは攻撃向上だ。この能力を聞いた時、天空宮殿がいかに人材を腐らせ、無駄にしているのかを再認識した。
ギボルグは間違いなく前線で光るタイプだ。戦闘における思考センスも高い。実際、出撃した戦争ではかなりの戦果をあげている。
しかし、その後に内政官に配置転換。よほどの戦上手でなければ、将官は内政官と軍人を交互に行う。文武両道という帝国将官の仕組みが、この男をダメにした。
ギボルグは高家出身で、元々戦を好まない性格だったのだろう。エヴィルダース皇太子の派閥に入ってからは、10年以上内政官としてヌクヌクと過ごしていた。
「ここにいる間は、君は常に軍人として働いてもらう。少将級の待遇も約束する」
「……その後は?」
「好きにするといい。君の人生だ」
「……」
「ただ、世間も、君を評価するのは軍人としてだろうな。内政官としては奴隷牧場行きだ」
「は、ハッキリ言いますね」
「自身のやりたいことと適性が合致することはほとんどない。どちらかを選ぶならば、後者を選んだ方がいい。まあ、あくまで僕の持論だがね」
「……」
評価をするのは、常に自分ではなく他人だ。自己満足で生きていけるほど世界は甘くはない。
「君は高家の出だから、内政官として働いても、それなりにヌクヌクと過ごせるのだろう。だが、自身の職場での評価、子々孫々の繁栄を考えるならば、後者に身を投じることをお薦めする」
「……」
「まあ、重ねて言うが、君の選択だ。だが、君のおかげでもう一人軍長を狩れそうだ。感謝する」
そう言って。
ヘーゼンは弾けるように、第8軍軍長の元へ突撃しに行った。




