突撃
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カク・ズがクド=ベル将軍を討ち取って。戦況はノクタール国に風が吹く。圧倒的な暴の力を示した狂戦士を前に、兵たちはなす術もなく逃げだし始め、軍は散り散りに霧散した。
「……解放」
ヘーゼンは、動かなくなったカク・ズの鎧に触れて口にする。すると、鎧が離れ鎖状の剣と同化した。そして、そのまま崩れ落ちる巨漢の身体を、ヘーゼンはガッチリと支えた。
「ギシシ……疲れた」
「……よくやってくれた」
だいぶ疲弊している。さすがに、将軍級との一騎討ちは骨が折れたか。実際のところ、ギリギリの死闘であったと推察する。
カク・ズは狂戦士化された時に湧き起こる膨大な殺戮本能と戦っている。感情の赴くがままに身体を動かしても、クド=ベル将軍のような強敵には勝てない。
常人ならば半日で発狂するほどの異常な訓練。超過密の学生時代にカク・ズはそれに耐えきった。それは、数十年に及ぶ途方もない訓練すら遥かに凌駕するとヘーゼンは断言して言える。
鋼鉄を超える耐久力、強靭かつしなやかな精神性、この2つを備えているからこそ、野性と剣技の融合が可能となる。
とは言え、劇薬はもう使ってしまった。将軍級1人に、軍長4人。残りは、将軍2人に軍長11人あまり。
「兵に与えた損害は、約1万。素晴らしいです」
「……わかった」
ゴメス中佐が嬉しそうに報告してくるが、予想よりも少ない。クド=ベル将軍が勢いを止めたせいで、与えられる被害が抑えられてしまった。
「ジミッド中将の部隊は?」
「奮戦してます。こちらもだいぶやられたようですが、軍長を1人討ち取ってます」
「それは……大丈夫か?」
ヘーゼンは思わず確認する。いくらなんでも、深入りし過ぎではないのか。
「それが、帝国将官のギボルグが救出に出て、事なきを得ています」
「そうか」
なかなか臨機応変の動きをするなと、ヘーゼンは感心した。前線の後方支援が適当ならば、案外ノクタール国にはいない人材なのかもしれない。
「だが、ドグマ大将に負担がかかるな」
「はい」
結果的に、かなり歪な攻勢ができてしまった。その分、全軍のバランサーである彼が配分を取らなくてはいけない。
「この後は、どうなされますか? 少し下がって様子見ーー」
「突撃だ」
「……えっ?」
「今は徹底的に敵の士気をくじく時だ」
再び跳躍すると、相手の軍から狙い撃ちされる危険度がある。火竜咆哮もこれで3度目だ。
奇襲ならまだしも、何度も使える手ではない。
「で、ですが元帥とは文字通り軍のトップでーー」
「トップだから先頭を行くんだ」
「……っ」
ヘーゼンはキッパリと言い切った。要するに、役割の問題だ。軍の精神的安定性を保つのは、ドグマ大将。勢いを保つのはヘーゼン。それを両立させることによって、イリス連合国の士気を圧倒する。
圧倒的な戦力をひっくり返すには、圧倒的な蹂躙しかない。
そして、数秒後には馬にまたがり、前方に向かって駆けて行く。目指す先は、先ほどジミッド中将が攻め入っていた箇所。風穴を開けてくれたそこに、塞げないほどの大きな風穴をあけてやる。
「は、放て! 放てーーーー!」
四方八方。至るところから、弓、魔法弾が集中するが、手前で発生する《《氷柱》》が次々と攻撃を阻んだ。
左手に持っているのは、氷雹障壁。瞬時に大気中の水蒸気を凍らせ、自動で防壁を張る魔杖である。
ヘーゼンはその間、右手の魔杖を振い、氷の円輪を無数に放った。その数は、実に百以上。そして、敵の右足、右腕がバラバラに吹き飛ぶ。
「ぐわあああああああああっ!」
至るところから聞こえる断末魔の叫び。
こちらは、昔、クミン族から奪った魔杖『氷円』である。7等級の宝珠を使用した魔杖だが、改造したことで、一つの円輪ではなく、多数の円輪を生み出すことに成功した。
雑兵相手の露払いなら、むしろ、低レベルの魔杖が都合がよい。
そして。
周囲に誰もいなくなった時、ヘーゼンは氷円を投げ捨て、手に収まった魔杖を地面に深々と突き刺した。
夜叉累々《やしゃるいるい》。
地中か死兵たちを出現させる5等級の宝珠を持つ魔杖である。その数は数千にも及ぶ。それで、イリス連合国ほ兵たちは更なる混乱を引き起こすはずだ。
しかし。
「……」
ヘーゼンの目論見に反して、夜叉累々《やしゃるいるい》が発動しない。




