杯
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それから数日後、ヘーゼンとヤンは、ガダール要塞まで移動した。ここの規模はかなり広く中には町と酒場まである。
中に入ると、そこには猛烈に食事を楽しんでいる巨漢の男がいた。
「カク・ズさん!」
会うなりヤンが、ギュッと抱きしめる。
「ど、どうした?」
「えーん! えーん! 師が! 師が!」
「……だろうね」
いつも通り、巨漢戦士は黒髪少女の頭を優しくなでる。大きな手。優しい声。いつも通り包んでくれる対応に、ヤンは目一杯甘えている。
一方。
「カク・ズ、相手にするな。嘘泣きだ」
「「悪魔過ぎる!?」」
ヤンとカク・ズが揃ってガビーンとする。
「で、今日はどうしたの?」
「シュレイと言う男が、『ここで待て』と」
周囲を見渡すと、一瞬にしてヘーゼンの目が止まる。
褐色の肌が印象的な男だった。携えている2本の長剣は、この店にそぐわないほど異様な存在感を発している。屈強な肉体。腕に刻まれた無数の傷は、とてもではないが尋常に生きてきた様子ではなかった。
「奢らせてくれ」
ヘーゼンは褐色の男の隣に座り、酒を注文する。
「あんたか? 俺を雇いたいって言ってるのは」
「ああ。名前を聞かせてくれ」
「ラシード」
杯を傾けながら名乗った時、ヘーゼンは珍しく驚いた表情を浮かべた。
「竜騎兵のか?」
「今は、旅の剣士だ」
「……なるほど。報酬はいい値で構わない」
ヘーゼンは即座に言い放つ。
「気前がいいねぇ。だが、長居はしねぇ」
「ならば、この戦が終わるまででいい」
「聞いてるよ。イリス連合国に宣戦布告をぶち上げたんだって?」
褐色の剣士は、愉快そうに笑う。
「戦はしねぇが、面白ぇことは好きだ。それ以外なら付き合ってもいい」
「ならば、この子の護衛をしてくれないか?」
「ヤンです」
「ほぉ……」
ラシードはグリグリと雑に頭をなでる。一目見て、気に入ったようだ。もしくは、ヤンの素質を直感的に見抜いたか。
「契約魔法は結んでもらうが?」
「構わないよ。こっちも、やることが決まってた方が、アレコレ押し付けられなくて済む」
「……竜騎は?」
「置いてきた。言ったろ? 今は旅の剣士だって」
「わかった」
ヘーゼンは、その場で羊皮紙を開き、契約内容を書き始める。そして、すぐさまラシードに見せて合意を取り付ける。
即断即決。そのあまりの判断の早さに、ヤンもカク・ズも顔を見合わせる。
「……何者ですか?」
「東の果てに、竜騎兵で構成された一団がある。その機動と殲滅力は大陸一。その中で、最年少で団長になった者だ」
「な、なんでそんな人がここに?」
「わからないが、中々に人脈が広いようだ。あのシュレイという男は」
ヘーゼンは感心したようにつぶやく。正直に言えば、シュレイよりも重要度が高い。これで、ヤンと行動が被ることがないので、戦闘においても心置きなく攻められる。
「カク・ズさんより強いんですか?」
「強い」
「凄っ!」
キッパリと断言する。戦歴を見ればラシードは、大陸でも指折りの剣士だ。魔杖を駆使した戦闘ならともかく、純粋な闘いであれば相手にもならないだろう。
「ここには、もう少し滞在する。彼の腕も見たいし、可能なら手合わせして鍛えてもらえ」
「え、ええ!?」
カク・ズは明らかに面倒くさそうな表情を浮かべる。この巨漢の戦士に必要なのは、自分よりも強い相手だ。ギザールもそうだが、この先の戦いに備え、レベルアップを図らなくてはいけない。
「これでも、こっちも忙しいんだよ。ヘーゼンは知らないと思うけどさ」
「嘘つけ。さっきまで、めちゃくちゃ食事、楽しんでたくせに」
カク・ズは戦闘のセンスはずば抜けているが、戦闘行為が好きな訳ではない。だから、学院の時は、バレリアという教師にミッチリとシゴいてもらった。彼女も非凡な戦士だったが、ラシードは、はっきり言って格が違う。
惜しむらくは、ラシードが戦に関わる気がないという点だ。なにがあったかは知らないが、6年前に突如として歴史の表舞台から消えたのも、その辺の理由があってのことかもしれない。
「だが、旦那。この戦はハッキリ言って厳しいぜ」
褐色の剣士は、杯を掲げながらニカッと笑みを浮かべる。
「わかっている。だが、勝ってみせるさ」
ヘーゼンは杯を打ち鳴らし、強めの酒を一気に飲み干した。




