激昂
*
クゼアニア国の主城であるカルキレイズ城。
「……な、なんだと!?」
イリス連合国盟主のシガー王は、震える声を抑えきれなかった。檄文を持ち報告をする筆頭大臣のレインフィも手が震えている。
「今、なんと言った?」
「の、ノクタール国が我がイリス連合国に宣戦布告を」
「……」
脳が千切れるかと思うほどの屈辱を覚えた。あの風が吹けば滅びそうな超弱小国が、紛れもない大国に対し宣戦布告だと。
イリス連合国は、13カ国の諸国で構成される。帝国に対抗するため、周辺国が結託してそのまま数十年同一国家としての形態を成している。
シガー王は、連合国の諸王を取りまとめる、言わば盟主という立場だ。13カ国の中で最も大きな国土を誇るクゼアニア国の王でもある。
「ナメられたものだな。ガダール要塞、ロギアント城の陥落に続き、今度は堂々と宣戦布告か」
「……」
つい、先日まではノクタール国陥落も秒読みとされていた。まさか、逆に攻め込まれ、ロギアント城まで落とされる羽目になるなど夢にすら思わなかった。
「で? 周辺国の反応は?」
「ありません。どうやら、単独で行ったようで、同盟国である帝国も知らぬ顔です」
「そうか。ならば、徹底的に行かせてもらうか。すぐに、諸王会議を開く」
「はっ」
当然、怒りもあるが同時に好機でもあった。最近、信じられないような敗北の報を聞き、各国に対していい面汚しだった。
しかも、取られたのはいずれもシガー王が統治するクゼアニアの領土。連合の加盟国も、どこか他人事で我関せずの様子だった。
シガー王は、早速、一番の切り札について尋ねる。
「グライド将軍は?」
「現状、西のジブロス平原で交戦中です」
「すぐ呼び戻せ」
「そ、それは……アウヌクラス王の了解を取らなくてもいいのですか?」
「イリス連合国の盟主は私だ」
「なりませぬ」
その時、末席に控えていた老人が発言をする。ガジオ大臣。先代盟主でシガーの父でもあったビュナリオ元王の筆頭大臣だ。
「盟主はあくまで諸国の取りまとめ役。諸王会議を経て承認を得ませんと、勝手な行動はできかねます」
「……」
シガーは心の中で舌打ちをする。小うるさい老人だ。先代王の父が亡くなり、やっと、好きにやれると思ったら。
「今はそのようなことを論じている場合か? このイリス連合国が、ノクタール国ごときに愚弄されたのだぞ? 他の加盟国だって、同じ想いであるに決まっている」
「順番を間違えてはなりません。だからこそ、諸王会議を開き、満場一致でことを進めるのです」
「満場一致になるのに、開く会議の意味はあるのか!?」
シガーの声が荒々しく響く。しかし、ガジオ大臣は、首を横に振り諌める。
「大事なことなのです。シガー王はあくまで諸王から信任を得た盟主というお立場。勝手にグライド将軍に指示をすれば、諸王の反発を招きます」
「勝手ではない! 私はイリス連合国の全指揮権を保有している!」
「あくまで『諸王会議の承認を経て』という明文が書かれてます」
「緊急事態時にはその限りではない!」
苛立ちながら叫ぶ。なんで、こいつらはこんなに古臭いのだ。会議などやっていたら、要らぬ横槍を入れられかねない。
しかし、ガジオ大臣は落ち着いた様子で、シガー王を諭すように説明する。
「盟主と言うお立場を、どうか理解ください。連合国は単独の国家とは異なるのです。諸王の意志を統一し、同じ方向に向かうようーー」
「黙れーーーーーーー!」
シガー王は激昂して叫ぶ。
「私はこのイリス連合国の盟主だ! これを超える地位などはない! その私に末席の一大臣が口答えをするのか!」
「……」
そのあまりの取り乱しように、大臣たちは皆一様に黙った。
「レインフィ! 貴様も同じ考えか!?」
シガー王が憤りながら尋ねる。レインフィ大臣は、イリス連合国の筆頭大臣である。ガジオ大臣他、末席に立つのは、あくまでクゼアニア国の大臣でイリス連合国の政治に口出す権限はない。
「い、いえ。私は……わかりました。緊急事態ということで、すぐグライド将軍に指示を出します」
レインフィ大臣は戸惑いながらも王の言葉を受け入れる。
「ははっ! そうだ、それでいい! ガジオ、いいか? 貴様らの時代は終わったのだ。今は、速やかに行動をなし、事をなす事が求められている。いつまでも、会議だなんだと流暢に事を構えている場合ではない! すっこんでいろ!」
「……」
シガー王の怒鳴り声に、ガジオ大臣はフッとため息をついて下を向いた。




