見識
その青年は意外なほど若かった。年齢は18と聞いていたが、見た目よりも幼く見える。ブラウンの長髪が印象的で、バツの悪いような表情を浮かべている。
この男がシュレイか。
「こ、こんにちは」
ヘラヘラとした、いかにも遊び人風の感じの男で、軽薄に話しかけてくる。
「知ってるか? ノクタール国では、泥棒は懲役10年」
「……ど、泥棒した訳じゃないし」
「他人の部屋のベッドに潜り込み、そんな台詞が通用するとでも?」
「……」
「……」
・・・
ヘーゼンはすぐさま、魔杖の牙影を使い、黒い縄で捕縛する。
「ぐっ……ちょ、ちょっと待って。話せば、話せばわかります。ハハッ……」
軽薄に笑うシュレイに対し、ヘーゼンもまた綺麗な笑みを浮かべる。
「気配の消し方は満点だが、動けない場所に隠れたのはよくなかった。油断と慢心は、死を招く。僕でよかったな」
「ははっ」
ヤンが、なぜか乾いた笑いを浮かべる。
「あの……ちなみに、俺はどのような沙汰に?」
「本来は懲役5年だが、僕の下で働くのなら免除してやってもいい」
「……っ」
シュレイは愕然とした表情を浮かべるが、瞳の奥では、こちらを品定めするよう伺っている。
「まあ、君の能力があればこそだけどね」
「……」
先ほどの軽薄な表情を打ち消し、ジッとこちらの方を見てくる。
「イリス連合国への宣戦布告」
「ん?」
「なぜ、このタイミングで?」
「いろいろだよ。帝国将官たちを釣るためでもあったし、他国への調整もおおむね完了し、軍備の拡充もできてきた。なによりーー」
「……先延ばしにするとノクタール国がもたない」
「……」
今度はヘーゼンの方が黙った。言葉を続けようと思ったことを先んじて言われたからだ。
「戦うのならあと、数戦。大規模な戦争に勝利し、イリス連合国を瓦解に追い込むしかない」
「……ご名答」
ヘーゼンはジッとシュレイを見る。戦略を見通せる目を持っている者は少ない。
「しかし、勝てますか? イリス連合国は英雄グライドが出てくるでしょう」
「……」
シュレイは徐々に本音を出してきた。なるほど、軽薄なところは偽装か。少なくとも、2人の間では似た光景が見えているのだろう。
グライド=ギアはイリス連合国唯一の大将軍だ。千の戦に出て、数十万の兵を屠ってきた、まさに英雄。格としては、帝国の軍神ミ・シルと同じと言っていい。
イリス連合国の守護神と言っても過言ではない。
グライドを討つことが、イリス連合国に与える影響は計り知れない。逆に言えば、グライドを討でなければ、イリス連合国に勝つことができない。
しかし、ヘーゼンの瞳には迷いはない。
「勝算のない戦いはしない。それに……」
「それに?」
「僕は誰にも負けない」
不敵に笑う。
「……」
「もう一度問おう。君は僕に対してなにができる?」
「……策を渡せます」
「ほぉ」
確かに、頭は悪くなさそうだ。いい目を持っているのもわかった。ヤンも同様の素質を持っているが、考えが幼い。一方で、シュレイのそれは幾分世の中を冷めた目で見るような感じがある。
ヘーゼンと同様、ドライな一手が打てる者かもしれない。
「他は?」
「今、一番欲しいものを」
「……当ててみろ」
「人材。各地を回り、縁を作ってきました」
「飲んだくれの放蕩息子と聞いたが」
「酷いな、父上。見識を広める旅と言って欲しいもんだ」
長髪の青年はフッとため息をつく。
「いいだろう。すぐに集めてくれ。特に、このヤンの護衛ができるほどの者だ。金にいとめはつけない」
ヘーゼンはポンポンと黒髪少女の頭を叩く。契約魔法を結ばせれられる傭兵は悪くない。当然、強さが第一条件だが。
「娘ですか? 結構、親バカですね」
「不肖の弟子だよ」
「一刻も早く見つけてください! じゃないと、師が離してくれないんです」
黒髪少女は切実に訴える。
「君の命を守るためだ。僕だって嫌なんだから我慢しろ」
「超嫌なヤツに『一緒にいるの嫌』って言われた!?」
ヤンは「もう死ぬしかない」とブツブツ意味不明な言葉を口ずさむ。
「ははっ! 準備しましょう。あなたの下で働くのは、面白そうだ」
「……シュレイさん」
なぜか、ヤンが可哀想な者を見るかのように、彼の肩を2回叩いた。




