隠れんぼ
その後、ヘーゼンとヤンの2人は軍務室に向かった。そこでドグマ大将、ジミッド中将と今後の戦略について議論していると、ゴメス中佐が入ってきた。
「あの……申し訳ありません。逃げられました」
「逃げた? 力尽くでと言ったはずだが?」
「も、申し訳ありません」
「いや、謝ることはない。状況を聞かせてくれ」
話を聞く限り、強者と言うよりは、策士の性質が強い男に思えた。
「それが、酒場でいたので、その場で連行を試みたんですが、その横で突然喧嘩が始まりまして。気を取られた兵たちの隙に乗じて逃げられました」
「そうか」
恐らく、喧嘩を始めた奴らもグルだったと見ていい。事前に金など渡していたのだろうか。周到な男だと却って感心した。
「ったく、情けないな!」
ジミッド中将が大声で怒鳴る。彼は荒々しく、気性の激しい将官だ。
「め、面目ない」
ゴメス中佐がシュンと肩を落とす。しかし、ヘーゼンは気にせずに、彼の肩を叩く。
「謝らなくていい。君たちに過失があれば反省すべきだが、今の話だと相手が上手だったと言うことだ」
「へっ。お優しいことで。その場でぶん殴って連れてこりゃよかったんだ」
「ジミッド中将。その通りだが、ゴメス中佐も、彼の部下たちも君みたいな獰猛ゴリラじゃない。他者に暴行を加えると言うのは、それなりのボルテージが必要だ」
「な、なんだと!?」
今にも殴りかかりそうなゴリラ中将を無視して、ヘーゼンは話を続ける。
「……まあでも、いつ、いかなるテンションでも、誰でも関係なく、殴れ、殺せるような訓練はした方がいいかもな」
「恐ろしく鬼畜なことを言ってる!?」
ヤンがガビーンと突っ込んだところで、ドグマ大将が懐かしそうに笑う。
「クク……変わらないな、シュレ坊も」
「彼のことを知ってるんですか?」
「ああ。トマス筆頭大臣とは仲がよくてな。シュレ坊が子どもの頃に、よく隠れんぼに付き合わされたものだ」
「なるほど」
「頭のいい子でな。見つからずに業を煮やして、軍を使って探したこともある」
「……ゴメス中佐。ご苦労だった。あとは、こちらで捜してみるよ」
ヘーゼンはそう言って、軍務室を後にした。廊下を歩いていると、隣のヤンが声をかけてくる。
「あんなこと言って、アテはあるんですか?」
「……隠れんぼは得意なんだ」
「へー。師にも、人並みに子どもの頃はあったんですね」
「……」
「な、なんで黙っちゃうんですか。本当に珍しい」
ヤンが少しびっくりした様子を浮かべる。
「子どもの頃じゃなかった」
「え?」
「大人になってからだな。ドグマ大将と同様、僕もよく隠れんぼに付き合わされた」
「……」
「その子も頭のいい子でな。隠れるのが得意で、結構本気で探したが、なかなか見つけられなかった」
「す、師が本気で探して見つけられないって凄いですね」
ヤンは本気で驚いた表情を浮かべる。
「子どもってのは、とんでもないところに隠れるんだな。正直、想像もしていないところにいて驚いた記憶もある」
ヘーゼンはフッと懐かしそうに笑う。
「……意外です。師って、死ぬほど負けず嫌いと言うか、死んでも負けないって勝手に決めちゃってる人だから、悔しいのかと思ってました」
「その時はな。生意気で性格もめちゃくちゃ悪い子だったから、めちゃくちゃ自慢し、貶め、勝ち誇ってきた。『慢心はよくないぞ』と即、逆さ吊りにして指導したけど」
「怖いが過ぎる!?」
ヤンが、自らの経験則を重ね合わせて、愕然とする。
「結局……その性格の悪さは治らなかったな」
「……むしろ、師のせいで、より歪んだ性格になってないか、心配しかないんですけど」
ヤンのツッコミをスルーして、ヘーゼンは自室の扉を開ける。
「捜すんじゃないんですか?」
「性格の悪いヤツは、相手の嫌な場所に隠れようとするんだ。『なんで、この場所を探さなかったんだろう』って赤面するような場所を。もし、ヤツが僕のことを知っていて、捕らえようとしてきたことを掴んでいるなら」
そう言って。
ヘーゼンはベッドの下に屈み、笑顔を浮かべる。
「見えてるぞ……僕にはね」
「……っ」
そこには、一人の青年がいた。




