休息
*
ヘーゼンが執務室に戻ると、そこにはヤンがいた。ちょこんと、地面に足りない足をブラブラさせ、まるでお絵描きをしているような様子だが、手だけは異常なほど高速で動いている。
「選んだか?」
「はい。でも、本当に追い込む限りに追い込みますね」
ヤンが呆れながら、書類を手渡す。差し出したのは、平民出身者の登用名簿だ。彼らを即大臣級に登用し、帝国将官たちを下に置く。
「生まれてから一度も追い込まれたことがない奴らだからな。元々、帝国将官試験を突破した者たちだから、化けるかもしれない」
不正が横行しているとは言え、そう言った者たちばかりでもないだろう。元々は、教育も、家系も超一流だ。
「この登用案も、彼らの価値観を覆す起爆剤だ。基本的には、彼らの下につかせてどれだけやるかだな」
「……素直に聞きますかね?」
「嫌嫌な。だが、それでいい」
仲良しこよしじゃなくても、建設的な提案ができる間柄であれば。嫌いであろうが、好きであろうが。
「重要なのは、公平な判断だ。僕らがそれを見誤らなければ、彼らは仕事をする」
忖度をする。合理的な判断をしない。ひいきをする。そんな判断をすると、部下もそんな判断をするようになる。
「年齢によるが、親子の関係と似ているな」
「年齢による?」
「小さい頃は、親のいいところも悪いところも真似る。やがて、大人になっていくと、自分にとって、格好のいいところを真似ようとする。そして、彼らくらいになると、自分にとって都合のよいことだけ真似ようとする」
「……大人になることへの抵抗が湧きますね」
ヤンは小さくため息をつく。
「仕方ないさ。抵抗したからと言って、大人にならない訳じゃない。ヤンは基本的には僕を見て育てばいいから楽だろ?」
「控え目に言って地獄です。控え目に言って」
「ははっ」
「だからなんで冗談だと思うんですか!?」
ヤンのガビーンが決まったところで、ヘーゼンはリストを目で追う。
「ちょうど20人。帝国将官と同等の人数を揃えました」
「ふぅ……平民出身の幹部候補第一弾だな」
ヘーゼンは数日ぶりに、ソファに身体を預ける。ここまでの体制を敷くために、結構な無理をした。久しぶりに数時間ベッドに身を預けたい衝動に駆られる。
「平民出身の私としては、今後も増えていって欲しいですけどね」
「まあ、それはないな」
ヘーゼンはキッパリと答える。
「なんでですか? 有能な人材なら、魔法が関係ない職では重宝されるでしょう?」
「それでも、魔法が使えることのアドバンテージは絶大だ。そして、現状、魔法使いたちがカースト上位を占めている以上、そこまで大きな波を作れはしない」
ヘーゼンの施策は、短期的な能力の底上げ。中期的な展開はともかく、長期的な展望などは度外視している。
「……」
「ヤン。否定したかったら、力をつけなさい。僕はいつでも受けて立つ」
今後、この少女と根本的にぶつかるとしたら、その点だろう。生きている時間軸が決定的に違う。やがて、成長し大人になり、どんな景色を見ることになるだろうか。
「っと、話がそれたな。よし、この登用案でジルバ王とトマス筆頭大臣に話を通す」
「この2人に対しては、意外と律儀ですよね」
緊急体制を敷き、軍部の統括的役割である元帥が内政の実権を握った。実質的に専制を敷けるにも関わらず、ヘーゼンはそれをしない。
「見込んだ者を信用しなくてどうする。全部が自分だけでできる訳じゃない」
あくまで目指すのは、ジオス王の専制体制。イリス連合国との戦に突入すれば、内政運営は任せっきりになる。だからこそ、彼ら自身に決めさせなければ意味がない。
「ヤン、少し疲れた。僕は寝るから、僕の側を離れるな」
ヘーゼンはベッドにダイブして目をつぶる。
「ど、どういうことですか?」
「カク・ズがいない。刺客が来た時に、君を守れるのは……」
「……」
力尽き眠っているヘーゼンに対して、ヤンは小さくため息をついた。




