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記憶


 バリゾは、ノクタール国にやって来た日と特別顧問に任命された日を遡っていた。『そんなはずない』と脳内で千回唱え、何度も何度も記憶を捏造しようと試みる。


 嘘だ嘘だ嘘だ。そんなはずそんなはずそんなはずはなーー


「ちょうど今から1週間前……あなたが、ここに来てから4週間後ですよね? あなたが任命式を行なったのは」

「ひぐぅ……」


 言うな。言うな。言うな。バリゾは、涙目になりながら唸り声をあげる。なんなんだこいつは。なんで、こんなことをするんだ。自殺行為だろう、こんなもん。絶対に頭がおかしい。


 しかし、ヘーゼンは軽やかな笑顔を浮かべて、まるでティータイムのように軽やかに話を続ける。


「契約魔法の解釈は厳密だ。かなり周到な儀式で縛らないと、その効力を持たない。公然とした大陸の常識なんですがね……そんなことも知らなかったのですか?」

「……うぐ……あぐぁ……あがぁ!」

「ちなみに、私は城に到着して2時間で任命式を終えました。《《あなたは、それまで、いったいなにをしてたんですか》》?」

「……がごぁっ……どびゅ……びゅ……」


 ぐるぐるぐるぐる。バリゾの脳内に走馬灯のように、これまでの日々が駆け巡る。なぜ、任命式をここまで遅らせたのか。わかってる。理由も記憶も蘇っているのだが、自身の自尊心がそれを許さない。


 自分を守るために、反射的に強がりが口から出る。


「に、に、任命式など後回しだ。ノクタール国が緊急事態だったから、そう言うものは後回しにしていたのだ。それなのに、貴様はーー」

「1日目。午後3時。到着するや否や、緊急本部を設立。各々の大臣を呼び出し、自身のスタンスを表明。午後4時。首都ギルヴァーナに行き、『メリッサ』というパブで豪遊。苦情2件。午後6時。『パフェパフェ』という店で苦情4件。午後11時。3件目『マミー&ドッグ』で苦情8件……ああ、随分と楽しんでいたようですね」


 !?


「……っ」


 こ、こいつ。


「貴様っ……なにを口走っている!? なぜ、そんなことを」

「入ってきてくれ」

「あ、アーナルド! お前っ、どうしてここに!?」


 バリゾ、ケッノ、そして他の帝国将官たちは驚き慄く。この男は、現地の風俗コーディネーターのはずだ。裏の裏の裏。穴場という穴場を知り尽くした、まさに風俗界のミ・シルと呼ばれている男のはずだ(自称)。


 そして、アーナルドと呼ばれた男は、ニコッと爽やかな笑みを浮かべる。


「陰部ですよ」

「はっ?」

「……偽名のことです。この秘書官のこだわりでね。偽名のことを陰部と表現します」


 ヘーゼンは戸惑いながら補足する。


「本名はモズコールと言います。表では、ヘーゼン様の秘書官をしております。以後、お見知りおきを」


 中年男は、紳士風にお辞儀をする。


「この男は、公設書記官の資格を持ってましてね。なにが言いたいか、わかるでしょう?」

「がかっ……こっ……こう……こうし……」


 公設書記官。帝国において、見聞きした事実を公式文書として記載できる資格である。契約魔法などに用いる方筆で条約を結んだり、実際に見聞きした事実を書き記すことで、信憑性を担保する。


 専用の方筆。そして特殊な洋皮紙を用いることができ、自身が真実であるとみなした事柄以外は記すことができない。


「城の内部では、トマス筆頭大臣、他複数名にあなたたちの行動を記させました。外部はモズコールに《《くまなく》》ね」


 ヘーゼンは爽やか笑顔で答える。


「がっ……そんなに簡単に取れる資格では……」

「取らせました。《《こんなこともあろうかと》》」

「……ぐはっ……うおぇ……ぎゅおえええっろろろろろろろ」


 バリゾはあまりの強いストレスに嘔吐した。ゲロは、びちゃびちゃと地面に散らばる。


「あーあ、汚いなぁ」


 ヘーゼンは、数歩後ろに下がりながらつぶやく。


「まあ、私もモズコールが1日目から間に合うとは思いませんでしたよ。ゴレイヌ国から呼び出したので、合流は1週間目からと読んでいたのだが」

「ふふ……こんな《《イベント》》、私がやらないで誰がやるんですか? 不眠不休で馬を飛ばしましたよ」

「……た、頼もしいな」


 若干、瞳を逸らしたヘーゼンだったが、バリゾはそれどころではない。


 あんなもの……あんなものが暴露されたらーー


「あ、アーナルド……アーナルド=アップ! 貴様ぁ!」


 偽名のモズコールの胸ぐらを掴むが、一向に怯む様子もない。


「非常に残念でしたよ。もう少しあなたとの《《プレー》》をもっともっと。もっと、もーっと、楽しみたかったのですが」

「ひっぐぅ……」


 バリゾは耳を押さえてうずくまる。こいつ。隣で同じこと、やっていたじゃないか。なぜ、そんなに勝ち誇った顔ができる。


 どいつもこいつも、頭がおかしい。


「認めない! コイツは、お前の秘書官なのだろう? 私はハメられたのだ」

「ハメてもいましたよね?」

「……っ」


 アーナルド、別名モズコールが曇りなきまなこで詰め寄ってくる。


「と、とにかく! これは、陰謀だ! 陰謀だ! 陰ぼーー」

























           *


『ママー、おむちゅ、おむちゅ』

『しょ、しょうがない子ねー』

『おっぱい! おっぱい! おぎゃあああん!』

『……しょ、しょうがない子ね』

『ちゅぱちゅば……ちゅばばばばばばばばば!』

『……っ』


          ・・・


『ねえ、マーマ。ちんち○、ちんち○』

『ち、ちんち○?』

『おい……そんなこともわからないのか? ここは、プロの店だろう』

『あっ、いえ、そのわかります。はい、あの犬のですよね? こ、こうでいいですか?』

『誰が犬の真似をしろと言った! 人間のちんち○は、こうだーーーー!』

『きゃーーーーーーーーーーーーー』


           *


 カチッ。


「録音で聞いても、不快ですな」

「……」

「……」


          ・・・


                   続く

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>《《こんなこともあろうかと》》 時空を超えていつの時代、どんな場でも通じる、不朽の名言ですなw
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