画策
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天空宮殿。豪奢の限りを尽くした建物が立ち並ぶ中で、一際大きく煌びやかな邸宅が、エヴィルダース皇太子の邸宅だった。
中は、帝国屈指の職人が丹精込めて製作した家具の逸品が並べられている。正に優雅という言葉を体現した空間の中で、エヴィルダース皇太子は注がれた紅茶を口に注ぐ。
「それで、ノクタール国への将官派遣は終わったか?」
「はい。全員、滞りなく。しかし、よかったのですか? 彼らで本当に」
第2私設秘書官のアウラ=ケロスが尋ねる。
「ああ。下手に有能な将官を出してしまうと、このままロギアント城を防衛できてしまう可能性があるからな」
「……」
今回派遣したのは、いわゆるコネ枠で将官になった者ばかりだ。家柄がよいため出世は早いが、能力がないため、各省庁から厄介者扱いされている面々だ。
「なんせ、ヤツらは我でも手を焼く輩だからな」
仕事ができないので罷免したいが、家柄と地位が高いので、そうもできない。かと言って、使い道がある訳でもない。
ただ、置物として黙って座っていればよいが、当の本人たちは自分が優秀な者だと思い込み、下の地位の者に文句しか言わない。
派閥は数だ。大きくするためには、ある程度の無能も飲み込まなければいけない。高家であると言うのであれば、ただ息をしているだけでいいのに、それすらできない低脳な輩だ。
「こう言う使い方が一番彼らを活かすことができる。適材適所であろう?」
エヴィルダース皇太子は満面の笑顔を浮かべる。
ノクタール国も、絶対に彼らを罷免にはできない。同盟国との契約で派遣した帝国将官を罷免する権限を持たないからだ。また、その待遇も破格で、彼らは自らが望む優越的なポジションにつける。
例えば、バリゾのような少将クラスであれば、ノクタール国のトマス筆頭大臣より地位としては上である。
「派遣したのは、ヘーゼン=ハイムよりも上の地位ばかり。そんな状況の中で、今のような独断的な判断が行える道理はない」
「……ロギアント城を取られてもよいと?」
「そうは言っていない。ただ、我の派閥にも入らぬような愚か者の功績としておくのはもっとダメだ」
あの城は、大陸における重要戦略拠点だ。仮にヘーゼン=ハイムが、他の派閥になびけば、エヴィルダース皇太子派閥は、相対的に削られる。
「簡単な話だ。ヘーゼン=ハイムが我の派閥に入るという選択をすれば、すぐさまヤツらを引き上げさせて、優秀な将官を送ってやる」
選ばせる選択肢は2つ。このまま、ヤツらに引っ張られて身を滅ぼすか。それとも、こちらの軍門に降り、栄光の道を歩むか。
「アウラ。ヤツが我々の軍門に降った場合は、それなりの地位とポジションを用意してやれ」
「はっ……すでに、中佐格のポジションを準備しております」
「3段階昇格か……素晴らしい。さすがは、私の優秀な部下。どこからの誰かさんとは大違いだな? おい」
「あは、はいっ」
ひざまずきながら。汗だくの老人が汗をかきながら、焦って答える。体格がよく、ポッコリとお腹が出て丸々と太っている。頭が瓢箪形で、奇怪な風貌をである。
ブュギョーナ=ゴスロ。エヴィルダース皇太子の第3私設秘書官である。皇太子の秘書官は総勢30人はいると言われているので、かなり上位だ。
しかし、先日、致命的な失態を犯し、第4秘書官に格下げを喰らっている。
エヴィルダースは、その老人の頬をペシペシと優しく叩く。
「これでも感謝してもらいたいものだな。前のような失態は、本来であれば即処刑だ。だが、お前のこれまでの功績に免じて、降格処分で許してやる我の慈悲を」
「あ……ははっ! ほ、誠に寛大なご配慮、痛み入ります」
ブュギョーナは地に頭をつけて、何度も何度も土下座した。
「ククク……いいんだよ。失敗は、誰にでもあるものだ」
エヴィルダース皇太子は笑う。ヘーゼン=ハイムが派閥になる時、邪魔であればコイツを殺そう。ヤツは以前、『ブュギョーナがいなければ考える』と言っていたそうだ。
目下の天秤は、この豚よりもヘーゼン=ハイムの方が遥かに上だ。
だが、交渉までに殺処分してしまったら使えない。それまでは生かしておかなければ。
エヴィルダース皇太子は、目の前の老人に満面の笑みを浮かべた。




