再会
2人が更に追跡を進めていた時、ヘーゼンが突然歩みを停止し、50メートルほどの大樹の枝に飛び乗る。
ヘーゼンの持つ魔杖『浮羽』は、自身の体重をゼロにする魔杖である。そのため、蹴り上げた方向に飛翔することができる。
「ど、どうした?」
「クシャラのいる集落が見えた」
「……」
「早く来い」
「はぁ……はぁ……俺はお前と違って常人なんでね!」
シルフィが息をきらしながら、キレながら、大樹をよじ登る。しかし、そんなクレームなど毛ほども気にせず、ヘーゼンは漆黒の瞳でクシャラを凝視する。
「……いた」
スキンヘッドの若い青年だ。赤い瞳が特徴的。至るところに刻まれた傷が、この男の狂気的暴力性を如実に表していた。
「なるほど。雰囲気はあるな。シルフィ、狙えるか?」
「ここからなら、なんとかな。だが、いいのか? そのバカ弟子とやらは、協定を結ぼうとしているのだろう?」
「ここでクシャラが死ねば、より早くことが進む」
「……わかった」
シルフィが頷き、魔弓を引き絞る。しかし、放とうとした瞬間、ヘーゼンが手を出して制止する。
「どうした?」
「やはり、止めておこう。誘われている」
「そうか? 隙だらけだが」
「あまりにも無防備だ。ヤツの魔杖の特性がわからない以上、慎重に立ち回るべきだ」
予測でしかないが、数十年以上、戦場に身を投じた莫大な経験則が言っている。この男は、危険だと。
「どうする?」
「狼を引き上げさせる。気づかれるかもしれない」
これ以上の深入りは危険だ。野獣のようなあの男は、狼を操っていることすら気づくかもしれない。
「それほど危険な相手か?」
「ああ。雰囲気だけであればギザール級。ただ、同時に不安定な危うさも感じる」
対峙してみないと何とも言えないが、相当な手だれであることはわかる。
「ヤンを探す。僕の予想が正しければ……いた」
ヘーゼンはその場からちょうど真下に飛び降りた。
「ふんふふんーふふーん♪ ふーんふふ……」
「……」
「……」
・・・
着地した瞬間、黒髪の青年と黒髪の少女が対峙する。
めちゃくちゃガビーンとした表情をしていた。
「な、な、なんで師がここに!?」
「……なんでじゃないだろう?」
ニッコリと。
グリグリと。
ヘーゼンはヤンの頭を抑えつける。
「痛い痛い! ぼ、暴力反対」
「暴力? 褒め称えているんだよ? まさか、僕の最終判断に逆らって、こんな危険に身を投じる君の無謀さを」
「ゆ、歪んだ表現はやめてもらえますか? いろいろ理由はあるんです!」
「一応、聞こうか」
「まずは、直感」
「……」
「……」
・・・
グリグリグリグリ。
「痛い痛い痛い! な、なんなんですか!?」
「こっちの台詞だ! ちょっとは成長したかと思えば、まったく成長してないじゃないか!」
「まだありますよ、もちろん、まだありますから最後まで聞いてください」
「くっ……早く言いなさい」
「そう言うとこですよ、師が怖がられてる要因は! 逆にあなたが成長してくださいよ、もっと人の優しさというものを学習してください」
「優しさ……他人を甘やかして、自身がさも上に立ったような優越感を得るための代償行為のことか?」
「そもそも定義が違った!?」
ヤンが再びガビーンとしたところで、ヘーゼンが後方にいる元将軍を睨む。
「ギザール……お前がいながら、なんで止めない」
「くっ。お前もヤンも、全然譲らないくせに、なんでお前らは俺に言うんだよ!」
ギザールが逆に2人に対して涙目で叫ぶ。
「驚いた。平地の人間は、本当に仲が悪いのだな」
ポカーンと。
タラール族のルカが、呆れたようにつぶやく。
「ヒック……ヒック……違います。師の性格が悪いんです」
「バカ弟子の頭が悪い。懲りずに何度も何度も、己の危険を省みないリスキーな手段を取ろうとする」
互いに言い合っている中、ルカがプッと笑い出した。クシャラとは対極的な、柔和な笑顔だ。
「……なるほど。君がルカか」
ヘーゼンはジッと見つめる。
「いや、すまない。私たち兄弟もこんな喧嘩は多かったと、つい思い出していたのだ」
「……ヤン」
「はい!」
「少し帰国を早める。僕とともに来い」
「い、嫌ですなんで!?」
「ルカ。ギザールを置いて行く」
!?
「シルフィは海賊どもを丘に上らせろ。ルカの手伝いをして、タラール族に対抗しろ」
!!?
「そ、そりゃいったいどう言う……」
「訓練だ。いい的ができたと思って海賊どもに弓の練習をさせろ」
「だ、だが、その間のゴクナ諸島の村たちは」
「ラスベルとナンダルに見させる。『なんとかしろ』と書いておいた」
そう言ってヘーゼンは次々と伝書鳩を飛ばす。
「ルカの派閥とゴクナ諸島の海賊、そしてドグマ族との共闘だ。3つの戦力でクシャラの部隊を包囲しろ。もちろん、生捕りだ」
次男のカロは恐らく干渉しないだろうと読んだ。大方、クシャラの方が優勢だ。その場合、少しでも戦力が削れればと考える。
「お、おい! 戦力的に不利じゃないか? クシャラだって相当な敵だと言うし」
ギザールが慌てて口を挟む。
「さっき、実物を見た。僕の見立てだと、3割の確率でギザールが負けるな」
!?
「ちょ、ちょっと待てよ! そんな強敵に加えて、タラール族の強力な戦士たちを相手にしなきゃならないのだろう?」
「戦士は死線をくぐって強くなる。常識だ。前にも言ったが、お前には一皮剥けてもらう必要がある」
「くっ……それにしても、勝率7割は……」
「なにを言っている? 勝率7割であれば、10割で勝て」
!!!?
「計算式がもはや爆裂してる!」
ヤンが3度、ガビーンを繰り出す。
「ちなみに僕は、勝率5割の者には、全て勝ってきた。簡単だろう? 生き残れば10割だ」
「……っ」
「シオン。以降は君がヤンの代わりだ」
!!!!?
「あ、あ、あの! 私……」
「タラール族の言葉を十分に学んだだろう? 全体を、見て戦略の部分を見れるのは、もう君しかいない。いい加減、ヤンの後ろに隠れず、一人立ちするのだな」
「す、師! あ、あ、あなたって人は!」
ヤンがグルグルと短い拳を振り回すが、ヘーゼンには届かない。むしろ、奥の襟を掴まれて、強引に背負われる。
「無茶を通したいのだろう? 仕方ないから君の見立てを信用してやる。そのための、無茶だから異論・反論は許さない」
「わーん! 誰かー! 誰か助けてー!」
「じゃあ、僕は行く。詳細は、ヤンに伝書鳩で指示させるから、あとはよろしく」
そう言って。
ヤンをリュックのように背負ったヘーゼンは。
山の奥へと颯爽と消えて行った。




