偵察
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その頃、ヘーゼンはタラール族の活動区域である山奥にいた。大木の枝に乗り、周囲を見渡している中、上空から飛翔する伝書鳩からの手紙を受け取る。
「なんて書いてある?」
隣にいる海賊のシルフィが尋ねる。
「ノクタール国の内情だ。どうやら、帝国から壮大な嫌がらせを受けているらしい」
「へっ! 嫌だねえ、アイツらは。どこの国からも嫌われてやがる。で、どうする?」
「予想通りの行動だ。だが、思ったよりも遥かに腐ったヤツららしい」
「同僚だろ?」
「無能な味方より、むしろ有能な敵の方に敬意を示すね」
ヘーゼンはそう断ずる。
「ドライだな。俺の周りなんかはどうしようもない奴らばかりだが、どうにも見捨てられねぇ」
「無能という定義の違いだろう? 君の周囲には、君を慕い、ついていこうとする部下で溢れていた。そう言う者を僕は無能とは呼ばない」
「……だが、どいつもこいつも弱っちい奴らばかりだ」
「弱くても信頼のできる部下であれば使いようはある。僕の言う無能はいわゆる『腐った貴族』だな」
「はははっ! そりゃ、確かに違ぇねえ!」
シルフィが雑に、強く背中を叩く。
「ケホッ……だが、少しだけ帰国を早める」
ヘーゼン咳き込みながらそう答え、遥か遠くの山で歩いているタラール族の戦士を指差す。
「試し撃ちだ。ヤツを狩れるか?」
「ああ」
シルフィは頷き、魔弓を構えて矢を放つ。それは、非常に綺麗な弧を描き、タラール族戦士の脳天を貫く。
「素晴らしい腕だな」
「へっ。もう一丁!」
そう言って、警戒するもう1人のタラール族に向かって放つ。その軌道は、歪な放物線を描いて心臓部へと突き刺さる。
「今の矢は、目標に当てたが、精度が悪いので狙うのは身体かな」
「十分だ」
ヘーゼンは素直に賞賛する。使用したのは、複数パターンの軌道を描くような特殊な矢だ。常人ならば、的に当たるどころか前に飛ばすことすら難しい。
2人のタラール族戦士を絶命させた後、ヘーゼンは、長い棒のような魔杖を使用する。すると、数匹の狼が現れ、死体から矢を回収する。
「……まさか、お前がやったのか?」
シルフィが尋ねる。
「ああ。以前の戦で奪った魔杖、狼牢自在だ。憑依型の魔杖で狼族を意のままに操ることができる」
「……『憑依型』と言う割には、意識を失ってもねえけど」
「意識の表層をわけた。数十匹程度であれば、3割弱の意識と魔力を保っていられる」
「……なんか、よくわからねぇが、ただ、化け物じゃねぇか」
海賊の青年は呆れるようにため息をつく。
「そうか? 君と同じだよ。訓練の成果だ」
「普通は、訓練したってそんなことにはならないんだけどな」
「それは、君の弓だって同じだ。僕には逆立ちしたって、君と同じことはできない。要するに、できることは人それぞれ違うと言うことだ」
ヘーゼンは淡々と答えて、次の的を指示する。
「次は、あの一団を」
「わかったが、なにを狙っている?」
シルフィが弓を引き絞りながら尋ねる。
「今、狼たちを操り、偵察隊を出している。タラール族の行動パターンを解析し、クシャラの派閥のみを狩っている」
「全部殺る気か?」
「まさか。死体に気づいたタラール族の戦士がクシャラの下へと向かうだろう。それを追っていく」
「……そのためだけに殺るのか?」
「手段を選ばない敵に、手段を選んでやるほど、僕はお人好しではないんでね」
「……」
「っと。死体に気づいた一団があるな。後をつけよう」
ヘーゼンは、枝から飛び降りて足早に歩き出した。




