支援
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その頃、ノクタール国に数人の帝国将官が派遣された。白髪の天パが特徴的な老人。名は、バリゾ=ウゴ。帝国商工省の元次長である。階級としては少将クラス。貴族としての爵位は15位の未曾である。
豪奢な馬車を数十台引き連れて、大量の付き人を引き連れて来る。バリゾは、窓から主城であるサザラバーズ城を眺め、鼻で笑う。
「ふはっ! 小さな国だな。果たして、我々が来るような価値があるかな?」
「ありませんありません。ゴミゴミ、こんなところ」
そう繰り返し、だらしなく垂れた頬を横に振るのは、ケッノ=アヌ。こちらは、帝国の元財務次長補佐官。階級は大佐クラス。貴族としての爵位は18位の祈理である。
彼らの馬車が門まで来ると、ノクタール国の大臣級が揃って出迎える。
「よくおいでくださいました。筆頭大臣のトマスです」
「大義(大儀)である」
「……」
バリゾは、頭も下げず、ふんぞりかえりながら馬車を降りた。ケッノもまた同様に、彼の後ろにサッと控える。
「エヴィルダース皇太子殿下の命によって、我らが配属されることになった。このような極小国にはありがた過ぎる配慮を下さり賜ったこと、まずはお前たちに伝えておく」
「……」
「どうした? 異例の沙汰が下ったことを、まずは感謝の言葉一つでも、述べるべきだろう?」
「……ありがとうございます」
トマス筆頭大臣は、深々と頭を下げる。
「あまりにもあまりにも過ぎた気遣いですので、ピンと来ないのかもしれませんね」
ケッノが嘲るような笑みを浮かべ、バリゾに向かってつぶやく。
「まあ、田舎者の極小国だからな。ところで、ヘーゼン=ハイムという少佐は? 出迎えの挨拶がないが」
天パの老人はキョロキョロとあたりを見渡す。
「彼は今、ゴレイヌ国へ外遊中です」
「……我々が今日来るということは、知っているのか?」
「は、はい」
「それは、確実に伝わっているということか?」
「ええ」
「……ふん。呑気なものだな。今、この時にもイリス連合国が攻め込んでこようとしているのに」
「……」
バリゾは、如実に不機嫌そうな表情を浮かべる。トマスは少しだけ沈黙したが、やがて、言い出しにくそうに言葉を続ける。
「あの、ヘーゼン少佐は周辺国の挟み討ちに合わないよう画策をしているところですが」
「ふはっ! だから、小国の政治は駄目なんだ。そんなことは、ロギアント城を攻略する前にすべきことだ!」
天パの老人は『それみたことか』と嬉しそうに叫ぶ。
「そのとおりですそのとおりです。お粗末この上ないですな」
ケッノが、細かく頷きながら相槌をうち、バリゾはますます上機嫌に、そして流暢に語る。
「なによりも、我々はヤツよりも爵位も階級も遥かに上だ。普段から礼を尽くせないようなヤツだから、そういう細やかな戦略を考えることすらできない」
「いや、しかしノクタール国を救ったのは、紛れもなくヘーゼン少佐の功績です。彼がいなければーー」
「たまたまじゃないか?」
「……っ」
その真面目な答えに。
トマス筆頭大臣が、絶句して数歩後ずさる。
「政治とは違い、戦に幸運などはつきものだからな。イリス連合国がつい油断してなんてこともあり得る」
「そこらへんはそこらへんは政治の方が厳しいと言わざるを得ませんよね」
バリゾの言葉に、ケッノがうんうんと頷く。
「まあ、我々がくれば、そんな愚かな見落としはしない。内政をメインでやるのは変わらないが、時間があれば軍事も見てやらんでもない」
「い、いや。あまりご無理を言っても申し訳ないですので」
トマス筆頭大臣が強めに、丁重に断ろうとするが、バリゾは満面の笑みを浮かべて肩をバンバンと叩く。
「気にするな。我々は帝国という貴様らでは及びもつかないような大きさを任されていた。そんなものは造作もない」
「そのとおりですそのとおりです。こんな卑しい国家に帝国のノウハウを恵んでやるのだから、貴様らは本当に本当に感謝しなければだぞ」
「……はい」
トマス筆頭大臣は微妙な笑みを浮かべながら頷いた。




