交渉
シオンは唖然とした。ヤンが、めちゃくちゃ裏切られて、動揺している。予想外過ぎる顔してる。
むしろ、予想通り過ぎる結末なのに。
一方で、ヤンは、たじろぎながらも、ボソッと口にする。
「ぼ、暴力反対」
「黙れ」
大首長の未子ルカは、満面の笑みで手を上げ、包囲している兵たちをジリジリと接近させる。
「……」
「ギザールさん。待って」
ヤンはそう言って、元将軍の腰に手を触れる。確かに、彼の魔杖を使用すれば包囲は打開できるかもしれない。だが、今後タラール族との交渉は見込めない。
包囲はジリジリと近づいて来る。状況は刻を追うごとに悪くなるが、リスク承知で突っ込むしかない。
「いいのか? 俺の首を取らないで」
「殺し合いをしにきた訳じゃありません。話をしにきましたから」
「……」
ルカはジッとヤンの瞳を見つめる。それは、敵意と言うよりも、品定めをしているような目だった。どうやら、話をする気はあるらしい。
ヤンは話を続ける。
「クシャナが大首長になれば、行く先は血に染まります」
「余計なお世話だ。よそ者が口を挟むな」
「よそ者でないと、できないこともあります。タラール族の民にそのような道を歩かせるのが本意ですか?」
「……大首長は民の信任を得られたものだけがなれる。クシャラが強制している訳ではない」
「選択肢がないんです。あなたが薄弱の候補者だから」
「……っ」
その遠慮のない物言いに、シオンは「あっ……死んだ」と思った。実際、周囲の殺気が一切に湧き上がり、ギザールも護衛たちも自らの武器に力を込める。
ルカもまた、瞳を燃えるようにギラつかせ嗤う。
「なるほど。そのような悪態を叩くとは、よほど死にたいようだな」
「私の師は、こう言います。『事実は悪口ではない』と。まあ、あの人の場合はよっぽど辛辣な言葉ですが」
「……」
しばらくの間、沈黙が続く。誰かが一瞬でも動けば、即殺し合いが始まってしまうほどの緊張感。そんな最中、唯一、ヤンだけが落ち着いた様子を、保っていた。
やがて、ルカはボソッとつぶやく。
「1つ聞く。俺が大首長になったとして。ガロとクシャナはどうする?」
「タラール族の戦士として働いてもらえばいいと思います」
「クク……自尊心の塊のような、兄者たちがそんな決断をするものか」
「ならば、追放なさいませ。彼らなら、タラール族としてでなくても、貰い手は幾らでもありますね」
「……殺せとは言わぬのだな」
「殺したいのですか?」
「……いや」
ルカはしばらく沈黙した後に、首を横に振った。
「昔、兄者たちには可愛がってもらった。今は、考えの違いで仲違いをしているが、仲はよかった」
「……」
その時、初めてルカが本音を見たような気がした。
「あの頃は、父も健在で強く、ジブラ兄さんもいた。カロもクシャナも……そして、俺も、全員が兄さんを慕っていた」
「……彼が殺された理由は?」
「異民族間での会合中に、平地の者に襲われたんだ。兄さんは、タラール族の未来のために協調することを模索していた」
「……」
どうやら、長男のジブラには先見の明があったらしい。ただ、その融和思考は、保守派には邪魔でしかない。恐らく、ハメられたのだろう。
「兄たちは……特にクシャラは怒り狂った。その復讐のために、ヤツは無差別な殺戮を始めた。ガロもまた、強さを見せるため、同様に手を染めた」
「……」
哀しそうなルカの瞳を、ヤンはジッと見つめる。相槌を打つでもなく、ただ、黙って。
「だが、異民族たちはジブラ兄さんを見捨て、平地の民によって嬲り殺しにされた。だから……クシャラの気持ちがわからないでもない。そして、なんとかクシャラを止めようと言う、ガロの気持ちも」
「でも、あなたは違う道を選んだ」
「……力で反発すれば、より大きな力で返ってくる。平地の者たちは強大だ。タラール族の滅びが来るのも時間の問題だ……悔しいが、お前の言う通りな」
「……」
やがて。
「いいだろう。小娘の提案に乗ろう。屈辱にも外の力を借り、一族の恥晒しと言われても、それが民の未来になると信じて」
「……ありがとうございます」
ヤンは笑顔で頷く。
そして。
「兄さんは」
ルカはボソッとつぶやいた。
「ジルバ兄さんは……許してくれるだろうか。自分が殺された平地の者と手を組むのを」
「……私には、彼がどのような人かわからないですが」
ヤンはそう前置き。
「胸に手を当てて聞いてみればいいんじゃないですか?」
とだけ答えた。




