包囲
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一方で、ヤンたちはタラール族の活動地域のかなり深い道を歩き続けていた。
案内しているタラール族の魔法使いは、チャドモナカと名乗った。大首長の末子ルカとは親しくしているが、今は幽閉されていると言う。
かれこれ、数日以上歩いているが、他のタラール族とは遭遇しなかった。チャドモナカが言うには、彼らの警戒網から外れて歩いているということだった。
そんな彼を尻目に、シオンは隣のヤンに向かってボソッとつぶやく。
「罠の可能性はない?」
「なくはないけど、まあ、信じよう」
「……」
その能天気な答えに、半ば呆れてしまう。なぜ、そこまで初対面の異民族を信用できるのか。なぜ、そんな無防備で相手の懐に入ってしてしまうのか。なぜ、裏切りを怖がる様子すら見せないのか。
そんな思惑を察したかのように、ヤンは小さな首を傾ける。
「心配?」
「……うん」
「師が言うには、人を見る目は、経験でしか磨かれないんだって」
「……」
そういえば、以前、盛大に裏切られたようなことをヤンが言っていた。確か、その時は、他ならぬヘーゼンによってハメられたとか。
だが、ヤンの瞳は信じることをやめていない。
「誰にでも疑ってかかってたら、それこそ誰も信用できなくなっちゃう。これって思った人は信用していかないと」
「でも、裏切られたら」
「その時はその時。師は裏切られた場合も常に考慮に入れて行動する。最低限のリスク回避を頭に入れておけば最悪の事態は免れる」
「……」
その上で。ヤンは「まあ、師なら、こんなバクチは打たないと思うけど」と笑った。
それから、更に数時間が経過して、1つのテントが見えてきた。
「中だ」
チャドモナカは、クイッと首を振って入るのを促す。ヤンは恐れることなく真っ先に中へと入る。そして、慌ててギザールがついていき、コツンとヤンの頭を軽く叩く。
「……」
やはり、護衛の身からしても、危なっかしい子であるようだ。シオンも中に入ると、そこには若い青年が一人あぐらをかいて座っていた。
端正な顔立ちだ。長身でほっそりとした体型で、酷く痩せ細って見える。タラール族の証である頬の3本線は入っていたが、突然襲いかかってもこずに、落ち着いた様子だ。
恐らく、大首長の末子ルカと見て間違いないだろう。
「平地の者か?」
「ヤンと言います」
タラール族式の挨拶をすると、ルカもまた笑顔を向ける。
「お前……馬鹿だろう?」
「えっ?」
瞬間、テントの外から無数の殺気が立ち上る。ギザールがテントの一部を剣で斬ると、そこには屈強なタラール族の魔法使いたちが配備されていた。
「チャドモナカが通らせたのは、罠の道。標的を誘き寄せたところで、一気に狩るためのものだ」
「なるほど。道理で」
答えたギザールの額から一筋の汗が流れる。気配察知防止の魔杖だろうか。気づかぬうちに囲まれていた。ヤンだけの護衛であれば逃げることもできるかもしれないが、こちらにはシオンもいる。
他の護衛たちもヤンとシオンを円のように守るが、戦況は限りなく不利だ。気配だけでも数十の魔法使いが配備されている。
ルカが好戦的でないと聞いたので、そこまでの戦力は保持していないと見ていた。いや、彼でここまでの戦力を保有しているのであれば、クシャラなどはより強力な軍勢を持っている可能性もある。
シオンがチラッとヤンの方を見る。果たして、このような状況を予期していたのかーー
「……っ」
ガビーン。
ガビーンって、なってる。




