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手紙


           *


 その頃、船の甲板にいたヘーゼンは、伝書鳩でしとで手紙を受け取っていた。


『やっぱり、タラール族と協調できる道を模索します。また、連絡します』


「くっ……あの小娘」


 予想外の行動だ。ヤンならばやれると思っていたが、斜め上の行動で逆らってきた。大分、成長してきたと思っていたが、まだ、こんな甘ったるいことを言っているのか。


 しかし、あの黒髪少女の暴走を止める術はない。


 ヤンは『完全終身奴隷契約』と罵ってくるが、実は一切の制約をかけていない。成長段階で自由な思考を妨げると、悪影響を及ぼす。それは、ヘーゼンの本意ではない。


 あの少女は、妙に抜けているところがあるから、契約書の内容を信じているが。


 タラール族は、ゴクナ諸島の海賊とは違う。非常に残虐で暴力的だ。交渉など、甘っちょろいことは一切通じない。中でも、大首長の三男クシャラは魔法使いとして相当凶悪な部類と聞く。


 協調関係を構築するには、当然だがリスクを伴う。ヤン自身が戦闘能力を持たないが故に、早々に見切りをつけた。討伐の選択に踏み切ったのは、十分に納得していたと思っていたが。


「はぁ……」


 ヘーゼンは深くため息をつく。ドルガ族からタラール族の有益な情報を掴んだのか。それとも、ドルガ族と会ってみて判断を変えたのか。そこらへんの詳しい理由を報告してこないのも、なんとなく、ヤンらしい。


 ヤンは、自分の身の安全について、あまり考慮しない性質たちだ。魔法が使えるまでは、命の危険が及ばない任務を中心としていきたいが、当の本人は、のほほんとガン無視してくる。


「……下手すれば死ぬかもしれないな」


 ボソッとヘーゼンはつぶやく。確かに、ギザールは近距離では無敵だ。しかし、山の戦いにおいて、集団戦において、弱点がないわけではない。


「どうした?」


 魔弓の手入れをしていたシルフィが尋ねてくる。


「計算できないバカ弟子がいて困る」

「へっ。その割には、心配でたまらないって顔してるぜ」

「……気のせいだろう」


 ヘーゼンはプイッとそっぽを向きながら答えた。


「それより、進路を変えてくれ。タラール族の集落から最寄りの場所に」

「わかった」

「どうだ? 魔弓まきゅうの調子は」

「ああ。なぜだかはわかんねえが、ものすごい飛距離は出そうだな」


 シルフィは、弓を構えながら答えた。


「……」


 ヘーゼンの経験上、稀にこういう戦士が生まれる。風の精霊と契約をして使役する訳でもない。ただ、風の精霊からの加護を受けている。


 そして、シルフィもまた、風の精霊の声に耳を傾ける術を知っている。黒髪の魔法使いは、ウズウズした表情を浮かべている海賊に尋ねる。


「……試し撃ちしたくないか?」

「させて貰えるのかよ」

「少し、内地にいくがな。山は苦手か?」

「まあな。遮蔽物が多いし、風も遮られる」

「これを撃ってみてくれ」


 ヘーゼンは加工用の分厚い丸太を一本持ってきた。シルフィは言われるがままに、軽く魔弓を放つ。すると、軽々と貫通して船の側面に突き刺さる。


「……凄ぇ」


 その威力に、シルフィが驚愕する。


「魔力を込めた矢尻を作った。本体である魔弓まきゅうの効果と相乗して、より飛距離も出るはずだ。魔法壁も軽いものであれば撃ち破るだろう」

「……」

「ただ、扱いは難しい。貫通力と飛距離を上げるため弓返りの時により回転をするような軌道を描く仕様にしたからな」

「なるほど。じゃじゃ馬ってことか」


 『弓返り』とは、弓を引き尺いっぱいに引き、離れに至ったときに弓手の中で弓が回転することである。熟練した射手であれば、当然のように起こる現象であるが、意図的に回転力を増やすとなると、より精密に作る必要がある。


 対強者専用の弓だ。


「基本的には、この矢で練習してくれ。他にも、いくつか作ってみたが、いずれも習得してもらいたい」

「なにが違う?」

「軌道が変則的だ」


 通常の矢は、真っ直ぐに撃てば、真っ直ぐに飛ぶ。だが、それだと軌道が読まれやすい。なので、複数パターンの軌道を描くような特殊な矢も十数本用意した。


「そ、そりゃ、じゃじゃ馬どころじゃねぇよ。無理だ、俺にはできねぇ」

「どんな矢でも、触れるだけで百発百中させる射手を僕は知っている」


 そう答えた途端、シルフィがグッと悔しそうな表情を浮かべる。


「……俺にできると思うか?」

「僕は肉屋に肉しか頼まない。やれると思った者にだけ、やれることを頼む」

「……」


 シルフィはしばらく黙っていたが、やがて頭をかきながら、「けっ! やってやらぁ!」と叫んだ。


 

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