未来
数日後、ヤン一向は、再び山を歩いていた。ドグマ族の戦士の中からナガラ、ヴヌル、ソクエダの3人がついてくる。彼らはいずれも強力な魔法使いだ。
「はぁ……はぁ……ここからは、タラール族の活動領域だ。用心しろ」
元将軍のギザールが、息をきらしながらも警戒を促す。いつもは飄々としているのだが、危険な匂いを感じ取っているか、かなり真面目だ。
その時、草むらから音がする。ヤンとシオンは、足を止めて、護衛たちの後ろへと隠れた。
現れたのは、タラール族だった。彼らは、頬に3本線の装飾を施している。人数は2人。1人は、魔杖を持ち、もう1人は大きな鉈を持った巨漢の戦士だ。
「ギザールさん。生け捕りに」
「わかってるよ」
そう答えた時には、すでにギザールはタラール族魔法使いの背後に出現していた。そして、そのまま首部分をみね打ちして気絶させる。
雷切孔雀。短距離であれば瞬間移動できる魔杖である。この距離で、相手の先を取れば、まず間違いなくギザールは勝てる。
「ゔおおおおおおおっ」
隣にいた、もう1人のタラール族戦士が瞬時に大鉈を振るうが、すでにそれは切断されており盛大に空をきる。
ギザールはその戦士に対しても、みね打ちをして気絶させた。そして、護衛たちに向かって声をかける。
「おい、コイツらを捕縛しろ。あと、周囲に気配がないか警戒しておけよ」
生け捕りにしている時に、襲われるのが一番厄介だ。特に、タラール族は出会い頭すぐに襲ってくるので、より警戒が必要だ。
手足を縛られた戦士に、ギザールは数発ビンタをして強引に起こす。目を覚まし暴れるタラール族の戦士に対し、ヤンは近づいて笑顔を浮かべる。
「気がつきました?」
「貴様っ……なぜ、タラール族の言葉を」
「覚えました」
「……っ」
タラール族魔法使いは驚いたような表情を浮かべた。タラール族の言葉は、ドルガ族の言葉とかなり似ている。ただ、細かいニュアンスや方言の違いがあり、そこはドルガ族の戦士たちから教わった。
「あの、1つお願いがあって」
「だ、誰が平地の民の頼みなんて受けるか!?」
「ルカに会いたいんです」
「……」
その名前を聞くと、タラール族魔法使いは黙る。
「私たちはドルガ族とともに、この一帯で不干渉地帯を作りたいんです」
「……」
「このまま、ガロかクシャラが大首長になれば、私たちも、ドルガ族もあなたたちタラール族と敵対せざるを得ない。そのために、ルカと協力したいんです」
ヤンの訴えは切実だった。タラール族魔法使いは、ジッと少女の方を見つめていたが、やがて、ため息をついて答える。
「……ルカ様もお前と同じように説いたが、無駄だよ。誰も耳を貸さない」
「なんでですか?」
「怖いんだよ。クシャラ様のことが。あの方は、味方だろうと容赦しない」
「……」
どうやら、相当に残忍な性格らしい。恐怖で民を縛るタイプは、表向きには誰もが慕うが、心の底ではその支配から解放されたがっている。
ヤンはジッとタラール族魔法使いの瞳を見ながら、問いかける。
「幸せですか?」
「……」
「クシャラが大首長になれば、あなたたちはずっと、その恐怖から逃れられません。運良く数十年生きて行けたとしても、毎日怯えて生き続けるんですか? 私には、それが幸せだとは思いません」
「……」
タラール族魔法使いは、しばらく黙っていたが、やがて、ボソッと『案内してやる』と答えた。
しばらくして、シオンが歩きながらヤンに話しかける。
「よく説得できたね」
「師の教えだから」
黒髪少女はニパーっと、無邪気な笑顔を浮かべる。
「……どう言う?」
「起こりうる仮定を言って、未来の姿を想像させる。師が私に完全終身奴隷契約を結ばせた時に使った手法なんだ」
「……っ」
なに、そのエグい契約!?




