強さ
シオンは、思わず口をあんぐりと開ける。
「それって、領主様の言うことに逆らうってこと?」
「うん」
「……正気?」
想像するだけで、ゾワっと背筋が凍る。シオンにとって、ヘーゼンとは絶対権力者だ。一度決まった結論に対して、異論反論などを受け付けるとは思えない。
しかし、ヤンは小さな顔を横に振る。
「大枠の戦略通りに進めても、現場レベルで修正したい場合もあるから。まあ、相手が師だから、大変だとは思うけど」
「た、大変って」
シオンは呆れるようにつぶやく。
「師は、性格が悪くて、唯我独尊で、反逆者は絶対に許さないと言う根っからの狂人だけど、柔軟ではあるから。あの人の目的に沿えば、説得は可能だと思うんだ」
「……」
そこまで言うか、と密かに思うが、しっかりと的を射ているような気もする。
「ちなみに、領主様の目的って?」
「イリス連合国を瓦解させること。しかも、数十年単位じゃなく、1年以内っていう超短期的な戦闘で」
「……そんなこと可能?」
にわかには信じがたい話だ。ノクタール国のような極小国が100倍ほどの規模を誇る大国を滅ぼすなんて。しかし、ヤンは冷静な表情で答える。
「正直、難しいと思う。でも、勝つには超短期決戦しか無いような気もする。じゃなきゃ、ノクタール国の体力がもたない」
「……」
その小さな頭で、そのクリクリとした黒い瞳で、いったい何が見えているのだろうと、シオンは心から不思議に思う。少なくとも、自分には想像すらできない。
「なら、それこそ悠長にしている暇はないじゃない」
「必要な時間をかけるだけだよ」
「そんなの領主様に通じるかな」
「わからない。でも、ドルガ族は戦闘向きじゃないよ。彼らに対して争いを焚きつけるのは、間違ってると思う」
「……」
ヤンはキッパリと答える。
「じゃ、じゃあタラール族はどうするの? このままだと、イリス連合国に侵攻をかけた途端に、攻撃を食らうよ」
「……タラール族と共闘できないかな?」
「い、いやいや。あの戦闘民族に、それは無理だよ」
道中でも、タラール族に遭遇した瞬間に襲いかかってきた。それだけ、好戦的な民族だ。ナンダルもシオンも、なんとか交易をしようと試みたが、頓挫した。それほど、コミュニケーションが難しい相手だ。
「それに、和平はダメと領主様から言われているでしょう?」
「あの時点ではね。でも、私、こっちのがいいって思っちゃってるから」
「……」
シオンはその無邪気さに呆れた。この少女に、恐怖心というものはないのだろうか。ヘーゼンに真っ向から反論して、ギャンギャンにやられている光景を、シオンは何度も見てきた。
そのたびに、泣き叫んで、不貞腐れて、怒り猛って、キャンキャン吠えて、ガビーンってなって、それでも懲りずに刃向かっていった。普通の人……いや、誰でもそんな気は失せそうなものだが。
「と言う訳で、明日タラール族のお話を聞きに、大首長の下に行こう。異民族から見るドルガ族の話も聞いて判断したいの」
「……うん」
そう頷いて、シオンは床へと転がる。すると、ヤンが嬉しそうに、身体を擦り寄らせてきた。
「ヘヘ……今日は一緒に寝よ」
「……」
こうして見ると、ただの甘えん坊の5歳児なのだ。こんな小さな身体の中に、どうしてあれだけの内面的強さがあるのだろう。
シオンは一瞬でスヤスヤと眠るヤンの頭を優しく撫でた。




