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大首長のいるドルガ族の大集落に到着した。彼らは目の下にクロのペイントを施している。それが、偉くなるに連れて濃く、大きくなるそうだ。
シオンたちは、集落の中でも一際大きいテントの中に入る。そこには、顔から半分が真っ黒に染まっている老人が座っていた。
戦士のナガラは深々と礼をし、老人の隣へと座る。
「大首長のガサラゴンだ」
「ノクタール国の内政官、ヤンと言います」
「同じく、シオンです」
2人の少女は、ドルガ族式の礼節を以て、挨拶をする。ガサラゴンは大きく目を見開いて、コロコロと笑う。
「ほぉ……ほっほっ。可愛い来客じゃの。まあ、ゆっくりしていけ」
「ありがとうございます。手土産も用意させてます。気に入って頂けるとありがたいです」
そう言うと、護衛の男たちが大量の酒を持ってくる。ガサラゴンが大の酒豪であることはリサーチ済みだ。
「我が国の地酒です。よろしければ」
「それはありがたいな。ぜひ飲ませてもらう」
この酒は、ヘーゼンの領地、バルク領クラド地区で生産している酒だ。味が合えば是非とも交易の品目に加えたいものだ。
「では、本日は失礼します」
ヤンはそう言って、礼を取り、テントを去る。
「本題を言わなくてよかったの?」
後ろをついてくるシオンが質問する。
「今日は挨拶だけ。ガツガツすると足元見られるし、まずは、お酒が口に合うかも知りたいしね」
「でも、時間はあまりないんじゃ」
「師なら力技で攻めるだろうけど、私向きじゃないからなぁ。まっ、任されたんだから、私たちに合った方法でやりましょ」
そう言って、ヤンは動物の肉を処理しているドルガ族の女たちの元へと向かった。黒髪少女は興味津々な瞳で目を大きく見開く。
「何してるんですか?」
「おや? 平地なのに私たちの言葉を話せるのかい」
おっとりした老婆の女がシワの入った目を見開いて笑う。
「ええ。ナガラに教えてもらいました」
「ああ、あの子に」
ヤンは、ドルガ族の女たちとワイワイ話し、瞬時に溶け込んでいく。シオンもなるべく会話に加わろうとするが、会話の速度が早すぎてついていくのに難儀する。
「よければ、私たちに少し料理させてもらえないですか?」
「そりゃいいけど」
「やったぁ! じゃ、シオンちゃん。作ろう」
「う、うん」
戸惑いながらも眼鏡少女は、料理作りに参加する。一方で、ヤンは嬉々として肉の下処理を始める。
「へぇ……この肉、柔らかいですね」
「ここら辺で取れるガロナ豚の肉だよ。ドルガ族の主食さね」
「味はどんなかなー。楽しみ」
「ふふっ……あんたたちはどこから来たんだい?」
「ノクタール国からです」
「あらま。あんなに遠くからかい?」
「そーなんですよー。悪い大人に連れてこられました」
「あはは! なんだいそりゃ」
「……」
のほほんが過ぎる。これから、殺伐とした戦争の交渉をしようと言うのに、こんなことで大丈夫だろうか。しかし、シオンの心配などまったく気にすることなく、ヤンは嬉々としてドルガ族の女たちと会話を繰り広げる。
数時間後、料理が完成した。夜に、ドルガ族の集落に配って、自分たちで持ってきた食材も加えて振る舞った。酒も料理もおおむね好評だった。
宴会が終わり、ヤン一行は来客用のテントに案内される。ギザールたちは、すでに大いに酔っ払っておりガーガーとイビキをかく。他の護衛たちは蔑むような眼差しを向け、外に立って敵を警戒する。
「呆れた。護衛の意味あるのかしら」
「多分、殺気を感じると起きるよ。腐っても超一流の剣士だから」
「……はぁ」
ヤンの答えに対し、シオンは半信半疑でため息をつく。護衛として長い時間を過ごしたが、ギザールはいつも適当な感じだ。いざとなったら、働いてくれるか心配だ。
しかし、ヤンはそんな心配をしている様子はない。むしろ、このテントに入った途端、急に真面目な表情を浮かべる。
「それより、シオンちゃん……ドルガ族についてどう思う?」
「えっ? 温厚な人が多いなって思うけど」
シオンは思ったままの感想を伝えた。すると、ヤンは少し考え込む素振りをしてボソッとつぶやく。
「……もう少し師を説得する材料が必要だな」
「りょ、領主様を? ドルガ族じゃなくて?」
「うん。戦略の変更を提案しようと思ってる」




