策略
ミセスヴァン大臣はシワだらけの目を大きく見開く。目の前にいるのは、ゴクナ諸島の海賊の頭であるシルフィだったからだ。
目下、敵対勢力の一派であり、当然のように指名手配を掛けている危険人物だ。
「き、貴様……なぜ、ここに?」
「ついてきたんで、連れてきたんですよ」
「……っ」
ヘーゼンがニッコリと微笑む。
「申し訳ないが、彼と同じテーブルにつく気はない」
ミセスヴァン大臣は速やかに席を立ち、その場を去ろうとする。
残虐で非道。狡猾で卑怯。彼の認識するゴクナ諸島の海賊はまさしくそれだ。そして、そんな輩などに、交渉の席を設けてやるほどお人好しではない。
しかし、目の前に座っている黒髪の魔法使いは、明確に首を振る。
「彼の一派は、ブジュノアやペコルックとは違います。乱暴な口調ではありますが、無闇に漁民を襲いません。粗雑な性格ではありますが、仁義を重んじる男です」
「へっ! それ、褒めてんのか?」
ぶっきらぼう口調で、ブスッとしながら答えるが、顔は真っ赤である。ミセスヴァン大臣から見ても、そこまでの悪党だとは思えなかった。
「『ゴクナ諸島の海賊』という括りで見られると、どうしてもブジョノアやペルコックのような色で見えます。彼の勢力は目下、最も脆弱だ」
「……」
「ゴレイヌ国にとっても、ノクタール国にとっても、この2派が好き勝手するのは面白くない。かと言って、ゴクナ諸島を自国に編入しようとすると、他国の干渉がうるさい」
「……」
こちらの政情を見抜いている。恐らくナンダルからの情報だろう。彼は自分以外にも、かなりの有力者と繋がりを作っていた。
ヘーゼンは話を続ける。
「単刀直入に言うと、シルフィ一派をゴクナ諸島の海賊のメインストリームに押し上げたいのです」
「……ノクタール国寄りの海賊を推すと言うことだな」
「いえ。私たちは彼らに内政干渉を一切行わない。契約魔法でも結びます」
「そんなもの誰が信じるというのだ」
ミセスヴァン大臣は鼻で笑う。他国の押し上げで入った政権は必然的にその国の影響力を持つ。逆を言えば、自国に対して利益をもたらさなければ支援する意味もない。
「信じていただくため、貴国に立会人になってもらいたいのです」
「……なにが狙いだ?」
「ノクタール国、ゴレイヌ国間で交易を開きたいと考えてます」
「……」
「ゴクナ諸島の海賊が輸送と防衛を受け持つ。我々は交易による利益を得る」
「なるほど」
非常に面白い話だと、ミセスヴァン大臣は唸り声をあげる。互いの利益が繋がれば、当事者間の争い自体が少なくなる。
「しかし……まるで、商人のようなやり口だな」
利で繋がる考えは、まさしくそれだ。貴族的な視点とは完全に逸脱している。
「それだけではありません。これは、内緒にしておいて頂きたいのですが」
「……聞こう」
ミセスヴァン大臣が頷くと、ヘーゼンは席を立って小声で囁く。
「ノクタール国、ゴクナ諸島、ゴレイヌ国で帝国による干渉を完全に遮断したいと考えてます」
「……っ」
老人の瞳が大きく開き、額のシワがさらにシワくちゃになる。
「き、貴殿は、そもそも帝国の将官だろう!?」
ゴレイヌ国もまた、帝国の同盟国という位置付けだが、莫大なみかじめ料を納めている。こんな提案が帝国内の将官からされるなど、まったく馬鹿げている。
「今は違います。ましてや、左遷された身なので、帝国のことを考える筋合いもありません」
「し、しかし! ロギアント城奪還で、さすがに帝国の中枢に戻れるのでは?」
「興味ないですね」
「……」
どこまで本音か。ミセスヴァン大臣は、ジッとヘーゼンの瞳を見つめる。
「強固な繋がりを持てば、帝国に対抗する影響力を持つことができる。不平等な条約を跳ね除けたいのなら、団結せねばならない」
「……」
老人はゴクンと生唾を飲む。これは、紛れもなく造反だ。実質的な反帝国連合を造る動きに相当し、バレればヘーゼンの首が飛ぶ。
「なかなか刺激的なお話だったでしょう?」
「……刺激的過ぎて、少し胃もたれしそうなのだが」
ミセスヴァン大臣は疲れた表情で笑みを浮かべる。もはや、食事などは喉が通らない。至急、ゴレイヌ国の大臣たちを集めて、今後のことについて話し合わなければいけない。
一方で、ヘーゼンの顔は終始涼しげだ。
「そうですか? では、今日はここまでに。秘書官のラスベルを貴国に置いておきます。後日、興味がおありになれば、ぜひ連絡をくれればと」
そう言い残し。
黒髪の魔法使いは礼をして、颯爽と席を外した。




