ゴレイヌ国
ゴレイヌ国。国家の格としては、下位の中くらいの立ち位置だろうか。国の大部分が海に面しているため、海洋産業と交易が盛んな国である。
「ほぉー! なかなか賑わってるな!」
シルフィが物珍しい様子で、あたりをキョロキョロ見渡しながらつぶやく。一味とは、武器と物資、当面の軍資金を渡して別れたが、なぜか、彼だけがついてきた。
「ここ首都カステリアは、交易要衝の1つですからね。海軍も強力ですから、侮れないです」
ラスベルが物知り顔で説明するが、実際にはシルフィと同様、キョロキョロしている。彼女自身、箱入り娘だったので、外の世界自体に触れる経験があまりない。
「モズコール」
ヘーゼンがそう呼びかけて振り向いた時、すでに彼はいなかった。
「指示もしてないのに」
ボソッとつぶやいた彼の背中が不安気だったのは、ラスベルの気のせいだろうか。ただ、これまでの実績から信用はしているようだった。
自分も秘書官として、信頼されるようにならなければとラスベルは身を引き締める。一方で、案内役のナンダルが慣れたように歩いて先導していく。
感心したのは、彼の人当たりのよさだった。普段は、疲れ切ったような表情を浮かべながらブツブツとなにやらつぶやいていることがあるが、今はニコニコした表情で、通り過ぎる商人たちと簡単な世間話をしている。
「ナンダルは、人の懐に入るのが上手い。商才なのか、叩き込んだのかはわからないが、ヤンにも似たような特性があるよ」
「……」
確かに、浅い付き合いのはずなのに、すでに顔見知りであるかのような距離感だ。ラスベルがテナ学院に在学して2年が経過したが、クラスメートとの距離感以上に近し気だ。
ただ、ヤンにもやれるということは、自分にもやらないといけないと言うことだ。
「あの、ナンダルさん」
「ん?」
「その……距離感を縮めるいい方法はありますか?」
「笑顔。挨拶。相手の話をよく聞くこと」
「……っ」
基本。
「約束を守ること。特に時間。相手の顔と性格をよく覚えておくこと。足下を見た商売をしないこと」
「……っ」
基本中の基本。
「まあ、人と人の付き合いだからな。難しいのは、初心を継続することだ。謙虚な気持ちと前向きな心。綺麗事だと笑うかもしれないが、そう言う人と商売をしたいと思うだろう?」
「……はい!」
道理だ。そして、素晴らしい考え方だ。ナンダルは商会の長である。部下たちにも同じような教育しているとすると、ヘーゼンが彼を信頼する理由もわかるような気がした。
「人はいい時間を共有したいと思う。だから、基本の土壌を疎かにしてはダメだ。友人であれば、天気の話題だって楽しくなる。知らない人であれば、極上の観劇だって苦痛に感じる。まあ、そんなもんさね」
「尊敬いたします」
ラスベルがそう言うと、ナンダルが照れたように頭をかく。
「まあ、お世辞に言って、あの方はできないからな。その点、支援のし甲斐があるよ」
「ははっ」
青髪の美少女は乾いた笑い声を浮かべる。確かに、ヘーゼンに当てはまる要素はあまりないように思う。
笑顔を振り撒くこともない。挨拶に感情もない。相手の話を聞くタイプでもない……
命懸けの約束を平気で破る(ヤン証言)。制約のない口約束を平気で破る(ヤン証言)。性格、顔を覚えて謀略に利用する(ヤン証言)。心理的にも、物理的にも常時、足下を見ている(ヤン証言)。
「……」
そもそも、人としてどうなのだろうか。
「ヤンの言うことは、話半分に聞いておいてくれ。あの子は、大袈裟で甘えん坊のクレーマーだから」
「……っ」
怖いから、思考を読まないで欲しい。
そして、なんなのその辛口評価。
「まあ、商才が僕にないことは理解しているよ。ラスベルも、ヤンと同じようなことができる必要はないよ」
「……それは、私にはできないと言うことですか?」
「何もかもできるようにするには、何もかもを諦めることになる。小器用な魔法使いをお望みなら止めはしないが」
「……」
ラスベルは明確に首を横に振り、ヘーゼンもまた笑顔を浮かべる。
「いい判断だ。適性としては、どちらかと言うと僕よりだと思うからね」
「……軍事的な才能ですか?」
「ああ。魔法使いとしての資質が素晴らしいからな。あとは、軍略と謀略、戦術面を磨いていって欲しい」
「……」
腹黒くない、それ? とラスベルは思った。




