道中
ゴレイヌ国へと向かう船。指揮を取るのは、シルフィである。この海賊の親分は、朝から晩まで、威勢のいい声で船員たちに檄を飛ばしている。
「おらぁ! モタモタすんな!」
「……」
どうやらこの男、かなりの世話焼きのようである。手を組むと決めた後、頼んでもないのに、ゴレイヌ国まで送り届けてくれると申し出てきた。
ヘーゼン側としては願ったり叶ったりだったのだが、毎日行われる酒盛りが辛い。
丁重に断ってもしつこく薦めてくるし、なによりも仕事をしているところに騒がれるのはストレスがかかる。
船員の約半数は慢性的な二日酔い状態なのだが、船乗りとしての実力は一流らしい。酔っ払っても運航は問題ない。
ただ、下戸で真面目なヘーゼンやラスベルとはノリが合わない(約1名、完全に順応している秘書官もいるが)。
そして、今、隣にいる青髪の美少女もまた、後悔しているような表情を浮かべていた。
「う……うぷっ」
気分が悪そうなラスベルが、遠い目をしながら海を見つめている。ヘーゼンは割と強固に酒を断るが、新人秘書官であるが故の立場としてなのか、それとも断るのが苦手なのか、はたまた第2秘書官のモズコールへの対抗意識なのか、結構な頻度で、酒に付き合わされている。
二日酔いと船酔いのダブルパンチである。
それでも、書類仕事は10人の内政官以上にこなすのだから能力としては、やはり、素晴らしいものがある。
「大丈夫か? ある程度吐いたほうがラクになるぞ?」
甲板で作業をしているヘーゼンが、隣のラスベルを心配する。
「……」
ラスベルは完全な強がりスマイルを浮かべて親指を立てる。今、話すと声以外のものも出てしまうようで、答えはなかった。
「はぁ……」
ため息をついて、ヘーゼンは再び作業を再開する。
『何をしてるんですか?』
顔色の悪い表情のラスベルが、震える手でメモを手渡してくる。もの凄く吐きそうではあるが、どうやら、その探究心と好奇心を打ち消すほどのものではないらしい。
「シルフィ特製の法具を製作している」
魔杖とは異なる、魔力を伴うことで効果の発揮する道具を法具と言う。契約魔法に用いる方筆などはその類である。
こちらの大陸ではあまり種類はない。魔杖が発達した分、廃れていった魔法技術の1つなのだろう。
「今から彼に魔法を学ばせるのはハードルが高いからな。しかし、魔力持ちならば、利用しなければもったいないしな」
ヘーゼンが製作しているのは、魔弓だ。本体の部分に魔力を伝達させる素材を使用する。魔杖に使用される宝珠は必要なく、その素材のみで製作する。
「言ってみれば、魔剣などと同じ類のものだな」
『魔剣……聞いた事ないです。刀剣型の魔杖の事ですか?』
「んー。ちょっと違うな」
魔杖とは異なり、その役割は、より単純だ。魔杖は宝珠を通して、魔法使いの魔力をより具現化する。魔剣や魔弓などは、その用途は限定され使用者本人の魔力を変換する。
「この魔弓は、あくまで飛距離を伸ばすためのものだ」
『矢尻の方にも特殊な魔力を感じますけど』
「こちらは、一般用。シルフィは魔弓と合わせて使うがな」
ヘーゼンは作業をしながら丁寧に説明する。試作品の矢は、その矢尻にヘーゼンの魔力を蓄積した宝珠を埋め込むことで、魔法壁を破る類のものだ。
これは、魔杖に使用される宝珠を使用する。質の悪い宝珠を砕いたり、製作工程で発生する破片などを加工することでコストを大きく抑える算段だ。
「……本当に丁寧に教えてくれるんですね」
酔いが覚めてきたのか、その知識欲に酔いを忘れたのか、ラスベルはその魔弓を食い入るように見つめる。
「弟子には、知識を開放するようにしている。特に君は優秀だから教え甲斐がある」
「……仮に、私が他に知識を流したら?」
「君はそんなことをしないと思うが」
「な、なぜですか?」
「君は、自分自身の能力向上にしか興味がないんだろ?」
「……っ」
ヘーゼンの黒い瞳が射抜く。
「金や地位に固執するタイプにも見えない。その点、僕は君が求めるものをより多く持っている」
「……」
「君と僕の差を教えてあげよう」
知っている。才能のある者が何を欲するのか。何を望むのか。ヘーゼン自身、幾人も見てきたのだから。
「な、なんですか?」
「知識と経験、あとは実践だね」
「そ、そこまでの歳は離れていないと思いますけど」
「……」
ヘーゼンは意味深な笑みを浮かべて、ラスベルに尋ねる。
「僕を超える方法を教えてあげようか?」
「な、なんですか?」
「僕の全てを学び、僕を殺すことだ」
「……」
「あくまで、そう言う心持ちでいなさい、という意味だよ」
そう言って。
ヘーゼンは作業を再開した。
「マーマママママママーママーマーっ」
「モズコール、黙れ」




