シルフィ
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ゴクナ諸島のワロン島。ごく小さな寂れた酒場で、和気藹々と青年たちが酒を飲む。
親分のシルフィもまた、その一人だった。
彼らの中でも一際若々しく、端正な顔立ちの男だ。茶髪のザンギリ頭と遠慮のない大きな笑い声が、その男の大雑把な性質を表しているように見える。
「おーやぶん、もう一杯いいですか?」
「だ、ダメに決まってるだろうが! 今月のみかじめは少ねぇんだ。我慢しろ」
「はぁ……そりゃ、親分が全然回収しないもんだから」
「う、うるせぇ!」
シルフィは雑に部下を黙らせる。最近は、漁の採れ高が芳しくない。辛そうな表情で嘆願されると、どうにも首が横に触れないお人好し気質な海賊である。
そんな中、人相の悪い男が息をきらしながら入ってきた。
「シルフィの親分! レゴラクの漁村がまた襲われてるそうです」
「……っ、くそったれ! ブジュノアのやつ!」
ボサボサ茶髪の青年は、拳を思いきり壁に叩きつける。対立するブジュノア一派が、最近、これ見よがしに嫌がらせをしてくる。
「やっぱり、支配区域を限定すれは……」
「助けを求めてるのに、そんな不義理はできるか!?」
「はぁ……」
「た、ため息つくなよ」
シルフィの一家は、とにかく人数が少ない。ただ、親分のシルフィがとにかく義理堅く熱い性格で、頼ってくる漁村も多い。
「すぐに行くって、伝えてくれ!」
「お、親分。これから、ナンダルって商人と会おうってのに」
「すまんが、こっちが優先だ。『またにしてくれ』と伝えてくれ」
シルフィはそう言って、部下たちと共に、弾けるように外へ出て行った。
レゴラクの漁村に到着すると、すでにブジュノア一派の姿はなかった。代わりに、黒髪の魔法使いが歓喜する村人たちに取り囲まれていた。
「こりゃ……何事だ?」
「あっ! シルフィの親分だ!」
村の子どもが指差して叫んでくる。
「おい、てめぇら!? ブジュノアたちはどうした?」
「この人が助けてくれたんだ」
「……」
それを聞くと、シルフィは黒髪の魔法使いの方を見る。周囲で倒れているのは、確かにブジュノアのとこの手下だ。
「差し出がましいことをしましたかね?」
「いや。助かった。やつら、見境なく暴れるもんだから困ってんだ」
「シルフィの親分」
呼ばれて振り向くと、そこにはナンダルという商人が立っていた。
「おお、なんでここに?」
「いや、待ち合わせの場所に向かう途中だったのですが、巻き込まれまして。あなたのことだから、こっちに来るんじゃないかと思って、待ってました」
「なるほど。いい読みだ」
ナンダルは、ここ最近、急速に販路を拡げてきた商人で、とにかく印象がいい。漁村に向けて質のいい安い商品を売り、挨拶もしっかりしているし、機転も利く。
「今日の用件ですが、会わせたかったのはこの人。ノクタール国少佐のヘーゼン=ハイムです」
「ああ? なんだってあんな極小国が?」
ブジュノア一派に高額の上納金を納めて、侵略を逃れている臆病な国。シルフィの印象は、その程度だった。
ただ、目の前にいる黒髪の魔法使い。この男の放つ、尋常ならざる気配が、とにかく気にかかる。
「シルフィの親分は、弓の名手らしいですね」
「ああ。弓と船の腕だったら、誰にも負けねえ」
「一つ聞きたいのですが、腕のいい弓使いに必要なものは何だと思いますか?」
「風だな」
「風?」
「ああ。風が俺の耳に教えてくれるんだよ」
「……腕を見たいですね」
「いいぜ。じゃ、400メートル付近でウロウロしてな。テメェの脳天ブッ刺してやるから」
ドッと村人たちから笑い声が漏れる。シルフィも、真面目に言ったつもりはない。『弓の腕を見たい』と言う者に向けた冗談の一種だ。
だが。
ヘーゼンは、真面目な表情を浮かべて頷いた。
「わかりました。では、やりましょう」




