弟子
ラスベルは耳を疑った。変態? 学生時代、男子が冗談で囃し立てていたところは聞いたことがある。しかし、それは、あくまで冗談だ。
ヘーゼンの表情は、あまりにも、真顔だった。
「も、申し訳ありません。まだ、少し頭がボーッとしているので、聞き間違えたかもしれません。もう一度、いいですか?」
「モズコールは変態だ。正真正銘のな」
「……っ」
きっぱりと。
曇りなき眼で。
黒髪の魔法使いは言い切った。
「その……ふふっ。言葉遊戯ですね? 変態という定義もさまざまです。なにか特定な分野のみに集中しているが、故に『その分野の変態だ』のようなーー」
「熟女にオムツを履かせるよう強要して、訴えられそうになったり、自分自身を『バブちゃん』と自称し、健全店でパワハラまがいの駄々を捏ねたり(哺乳瓶)、尻から血が出るほど鞭で叩かれ、ついでにキャンドルをおかわりするという特殊なプレーを週に数回行うのが趣味だという、そんな類の変態だ」
「……っ」
ちゃんとした変態。
想像以上に、ちゃんとした変態だった。
むしろ、気持ち悪く過ぎて、ゲボ吐きそうだった。
ラスベル自身、性学の面では非常にオクテである。魔法の修練、勉学のみに励んでいたので、そんな色恋沙汰にも無縁であった。
性交渉などは、知識としては入れているが、今回の内容は当然、どの保健体育の講義にも載っていない内容だ。
「な、なんでそんな人を秘書官に?」
ラスベルは心の底から質問した。
「僕は、彼の変態性を買っているんだ」
「……」
「僕は割となんでもできる方だ。しかし、性的サービス業、及び知識、理解については乏しい。その分野の優先順位は学ぶべきものの最下層に位置していたからな。したがって、彼のような変態性を持つ者の価値観を持つ者は貴重なんだ」
「……」
「もちろん、セクシャルマイノリティを尊重すべきだというのはわかっているし、そう思っている。しかし、大らかであることによって、その分野から逃げていたのも事実だ。自身の理解の及ばないが故に、踏み込めない領域があるからな」
「……」
ラスベルは思った。
どうしよう、全然、何を言っているかがわからない、と。
「特に暇と金を持ち余した上級貴族の中には、一般的に『変態』と呼ばれる趣味に走る者も多い。実際、すでに何人かはその手でハメた。実績は予想以上だ」
「……」
「彼はそこに一定の需要があると言うことを証明した。なので、常に網は張らなければいけない。肉屋は肉屋を知ると言うが、変態は変態を知るということだね」
「……」
ヘーゼンの表情は至って真剣だった。
「彼の仕事は夜の店での聞き込みが主たる業務となる。類は類を呼ぶ。今回は、ゴレイヌ国の要人の中から変態的な趣味を持つ貴族から切り崩さないかと呼んだ」
「そ、そんな卑怯な」
「卑怯? 常在戦場だ。敵の弱点を晒すような不用意な行動を取る方が悪い。僕は、最短で最適な事を成すために、あらゆる選択肢を排除しない」
「……っ」
思考が恐ろしすぎる。
「君も、近くにそういう変態がいれば、ぜひ紹介してもらいたい。被害者側であれ、加害者側であれ、そう言う者の利用価値は高い」
「……」
強いて言えば、目の前にいる。
「と、話がそれたな。とにかく、あまり近づくのはオススメしない。一応、契約魔法で僕の言うことをすべて聞くような魔法で縛ってはいるが」
「……っ」
ガッチガチの奴隷契約。
「だが、彼の思考には独自のアルゴリズムがある。彼が良かれと思ってした行動には制約をかけられない。僕の想像を超える変態だから、異性は近づかない方がいい」
「……」
「モズコールは天然の変態であり、天然で、変態でもある。これは、長所でもあるし、短所でもある」
「は、はぁ……」
とんでもない変態とだけ、ラスベルは理解した。
「ところで、本題に入ろう。突然、倒れたが大丈夫か?」
「え、ええ。申し訳ありません」
「……なにかされてないか?」
「そう信じたいです!」
ラスベルは涙目で強めに訴える。
変態と一つ屋根の下。
数時間の空白。
それを想像するだけでも震えてくる。
「わ、わかった。後で、記憶を確認しておこう」
「そんなこともできるのですか?」
「まあね」
「……」
本当に驚くべき魔法使いだ。
「ヘーゼンさん……あの、私を弟子にしてくださいませんか?」
「それは、願ったり叶ったりだが、いいのか?」
「……ええ」
ラスベルは強く頷く。このままでは、ヘーゼンに勝つどころか、背中すら見えない。まずは、この魔法使いに学び、いずれ、必ず超えてみせる。
そう強く決意した。
「わかった。僕の知っていることはできる限り叩き込もう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、当面は第3秘書官として実務で働いてくれ」
「も、もちろーー」
変態の下!?




