旅路
数時間後、ラスベルとヘーゼンは、ゴレイヌ国に向かって旅立った。あれから、さまざま議論を繰り広げたが、結局、彼女はヘーゼンの秘書官として、仕事の要領をひと通り学ぶということになった。
ヤンの方は、ご存じ便利屋のギザールが護衛につく。カク・ズはロギアント城とセザール要塞の両方に支援ができるような配置で待機することになった。
「……」
船舶に揺られながら、ヘーゼンは淡々と、次々と、着々と仕事をこなしていく。ラスベルも同じく仕事をこなすが、隣で眺めながら、深くため息をついた。
船の半分を埋め尽くすほどの山積みの書類。
そのほとんどは、ノクタール国の政務に関するものだ。目を通すだけの決済書類が多いが、ダメなものはことごとく理由を書いて否決し、伝書鳩で即刻返信している。
「なんか……気分が悪いです」
「船酔いは感心しないな。体質なものが多いが、克服は可能だ。もしくは、どこか内臓系が弱まっている可能性がある」
「そ、そうじゃなくて。あまりの処理速度に……私が全然ついていけていません」
ラスベル自身、能力的には負けないであろうという自負があった。しかし、こうもあからさまにレベルの違いを見せつけられると、落ち込みもする。
「君も十分に速く処理していて驚いているよ。ヤンも、僕も慣れているだけだ。いずれ、同じような速度で処理できるようになる」
「……本当ですか?」
「君からは、ヤンに近い能力を感じている」
「……どっちが上ですか?」
「総合的には、君だろうな」
「総合的には……」
ラスベルは面白くなさそうにつぶやく。
「あの子は、魔法が使えないからな。まあ、覚醒後は僕にも読めない」
「覚醒……聞いたことがありませんね」
「あの子は、その莫大な魔力のせいで発育障害に陥っている。本当の年齢は14歳だ」
「……」
魔力による発育障害。その様な事例はまったく聞いたことがないにも関わらず、なぜかヘーゼンの話には説得力があった。
もちろん、不能者であるにも関わらず優秀な者は山ほどいる。普通ならヤンもそうであると考える方が自然だ。
だが、ラスベルは、ヤンに対して特別なものを感じていた。
幼女体型だからなのか、それともそもそもの性格なのか、14歳の自分と比べると、驚くほど幼い。感情むき出しで、反抗心高めで、正義感も強い。
だが、未熟だからこそ、荒削りな魅力に溢れている。それに、身体全体からほと走る、何か得体の知れぬものを感じる。
「子どものような体型のせいで、僕もつい甘やかしてしまうが、君も注意してくれ」
「……っ」
甘やかす? 壮絶に厳しかったが。ヤンの提案はいちいち尤もで、的確なものが多かったように思う。
しかし、それを更に洗練して高めた提案でことごとく潰す。まさに、悪魔と呼ぶにふさわしい所業だったが。
道中、ゴクナ諸島の港町、イルミナへと到着した。ここは海賊の支配領域だけあって、至るところで荒々しい活気がある。また、酒場も多くあり、それなりには賑わっているようだ。
「酒が卸せるかな」
ヘーゼンは彼らの様子を見ながらボソリとつぶやく。
「酒……ですか。お好きなんですか?」
「いや。自領で生産している。最近、量産を開始しているので、味が合えばいいが」
「じ、自領で生産? 確かリトアル地区に特別な産業はなかったはずですが」
「開発した」
「……っ」
いったい、この人はなんなんだろうと、ラスベルはいちいち疑問に思う。彼女は、魔法使いとしての能力を伸ばすために生涯を過ごしてきたと言っても過言ではない。
元々、高家出身でもあり、自領の財政状況などは気にもしなかったし、興味もなかった。だが、ヘーゼンは平民の身分でありながら、土地を1から取得して内政手腕もことごとこく発揮する。
才能の発揮の仕方が多岐に渡り過ぎてないだろうか。
そんな視線など少しも気にせず、ヘーゼンは彼女に対し質問を投げかける。
「ラスベル。君はこの町をどう見る?」
「ならず者は多いですね。治安は悪そうです」
「そうだな。つけいる隙はありそうだ」
「……」
漁村は、海賊に対し上納金を納めることで、襲撃されないようにしている。だが、支配者側が驕るのは、どこにでもある。
横柄な態度を見ると、だいたいは海賊だ。我が物顔で歩いている様子を見ると、だいぶ羽ぶりよくやっているようだ。
待ち合わせしていた酒屋に入ると、目のクマが深い無精髭の男が酒を飲んでいた。彼は、ヘーゼンが前に立つと、深々と頭を下げる。
「ご機嫌よう。よくいらっしゃいました」
「いろいろありがとう、ナンダル。こちらは、ラスベル。まだ、学生だが僕の秘書官として研修に来ている」
「よろしくお願いします」
「……この方の秘書官は大変だよ」
「覚悟してます」
「……」
ナンダルは、「その100倍以上は大変だから」と同情するような暖かい目を向けて苦笑いを送った。




